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わ・た・し・の旅ガラス
  vol.2 ヴェネツィア編
 

遠くで鳴るサンピエトロ寺院の鐘の音が、寝覚めのベッドに心地よかった。昨夜、チョッピリ度を越したワインの余韻が、その時間(とき)を 幸せにしてくれた。
昨日は、ガラス職人に手伝ってもらい 上手く仕上がったゴブレットの話で、夕食は盛り上がった。 
「EIKOは吹き竿を持つのは初めてでは無かろう、手つきが良い、素質が有る」イタリア人特有のリップサービスである事は解っているが、悪い気はしない。ガラスを吹いた事は何度かあるが、褒められる程のものではない事ぐらいわかっている。

時が進むにつれ職人達の話は弾む。「昔、海王国のヴェネツィアはイスラムからガラスを買って、世界中にガラスを売っておった。絶妙な細工をしたイスラムガラスは、世界垂涎の的じゃった」
一番の老いた職人は、自慢気に声高に話す。
「その内、イスラムに内戦が起こり、ガラスが出来なくなると予想したヴェネツィア当局はイスラムから職人を1人、又1人とイタリアに連れて来てムラノ島に隔離したんじゃ。予測どおりイスラムは長い内戦状態に入り、もうガラスどころではない」私に話しかけていたのが、周りのテーブルまで聞こえる位の演説になっていた。
「ところが既に、ムラノ島ではイスラムから連れて来た多くの職人が、ガラスを吹いて生産体制に入っておった。昔からイタリア人は思慮深いんじゃよ」話しながら、ゴブレットになみなみと注がれたワインを、水でも飲むように一気に飲み干した。辺りのテーブルからは、拍手と口笛が湧き上がった。丸太ん棒のような太い腕をして黙々と食事をしていた40才絡みの職人が突然口を開いた。
「イタリアの歴史はガラス職人が作り上げた。その歴史を今、我々が引き継ぎ、これからもこの先も、うちの息子もこの国を支えていくんだ」彼もまたジョッキを差し上げ一気に飲み干した。

山田えい子作品 山田えい子作品

山田えい子作品
  通訳を介して解った事は 
ヴェネツィアングラスの起源はイスラムガラスで有った事。
イスラムの職人をムラノ島に傭兵した事。
島から出ようとした者は処刑された事。
新しい技法を編み出したり、生産効率に貢献し、成果を上げた者にはそれなりに優遇をし、更に貴族階級まで称号をつけた事。
ヴェネツィア海王国はイスラムガラスをべネチァングラスに移行し、世界を席巻した事。
イタリアはガラス職人が築き上げたと自負している事。
マイストロ(マイスター、マスター=資格保持者)称号のガラス職人が何人も居る事。
手の込んだ細工物でなければヴェネツィアングラスと言えない。例えばカンナ(丸いガラス棒の中に、ねじれた色ガラスが入っている物)を円筒にした器。ミルフィオりー(ミリオンフラワー=金太郎飴を輪切りにした物を、沢山 面に並べて熔着)の器。ステムウェアー(足つきガラス=ワイングラスのような物)に細いガラスを着けてピンセットで細かい細工を施した物等々であったが、酒と歌が入り、大きな声でおまけに早口で、後は何を言っているのか半分しか理解出来無かったらしい。

 
山田えい子ガラス作家 山田えい子 
プロフィール


ガラス工芸作家。大阪工芸協会所属。
箕面市のアトリエ、大丸神戸くじゃくサロンなどで教室を開催。

1991年 ガラス工芸作家 竹内洪氏に師事(〜現在に至る)
1992年「国民文化祭石川'92ガラス工芸展」奨励賞受賞
1993年「C・K・I国際美術コンペティション」入選
     「'93金沢工芸大賞コンペティション」入選
1994年「大阪工芸展」初入選
     (〜1998年まで毎年連続入選)
1995年「茨木美術展」受賞
1996年「'96日本現代ガラス展・能登島」入選
1999年「伝統を拓くサンドブラスト工芸展」
     日本橋三越本店
2000年「大サンドブラスト展」大阪三越
2001年「切子と世界のガラス展」日本橋三越本店
2001年 京都芸術祭 国際交流展賞受賞
 vol.1 フランス編
 
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