言語のちがいを超えて、ぼくにグッと迫ってくる選手名、実はいっぱいあるんですよ。
名前ってすごいな、ってあらためて思ってしまう。
そこで、勝手に「名前コトダマ・ランキング」なるものを。
まず、3位。
昔、90年代のオランダ代表に「フレシャウト」という選手がいた。なんか大きな声で叫んでる感じがしません?サッカー用語でいうところの、コーチングだ・・・GK川口がよく、ディフェンスに形相変えて叫んでたでしょ。あれですね・・・。
一方、デンマークでは「ラウドルップ」という選手が、兄弟で代表張ってた。なんか、狼みたいで強そーぢゃありませんか?
そこで2つ合わせて、「ラウドルップでフレシャウト!」〜そうとうな音量でシャウトしてるわー、コレ。きっと万国に通ずる、かなりの「コトダマ」だと思うよ。
つづいて、2位。
現イタリア代表の、「ガットゥーゾ」。この人、ホントにガッッあふれる中盤の「つぶし屋」。
名は体をあらわすとはよく言うけれど、まさに!オマケに風貌もヒゲ面で、いかにも暴れん坊な感じ。ぼくの大好きなプレーヤーの一人です。決勝トーナメントで、ぜひチェックしてみては。
さらにイタリア代表には、「カモラネージ」がいる。こちらは駆け引きが上手そうな名前だ。
体を張るガットゥーゾと頭脳的なカモラネージ。実際、イタリア伝統「カテナチオ」の重要な構成員なんだよねっ。
ちなみに元イタリア代表「トンマージ」と現代表「イアキンタ」。こっちは憎めない系の代表格でしょう。
さてさて、第1位の発表!
やっぱこの人だよなあ。コトジボアール代表でプレミアリーグ、チェルシーのエースストライカー、「ドログバ」! いやいや、誰もこの名前の強さには、かなわない。ホント、いい響きだよね、ドログバ! プレースタイルも面構えも、カッケーとぼくは思うよ。残念ながら母国は1次リーグ敗退が決まったけれどね。
さらに、番外の番外。プレミア・チェルシーといえば、オーナーのアブラモヴィッチ氏はロシアの石油王。これは有名な話だけど、なんでこんなはげしい一致がおこるのかねえ?
いやいや、これはコトダマとは違うよなあ。M嬢に、「直也さん、それはコトダマでいいんですか?」と突っ込まれそうだよなあ。そういえばさ、70−80年代のブラジル代表に、
ジジとババってのがいて、今回はカカがいるよね。そんでサッカーくじはトトで・・・あー、調子乗るなーっつーの!
さてさて、「たいこめ」。
けっこう反響、ありましたねえ。飲みの席で披露なんかすると、けっこうウケるし。
じゃこの前の続きを。ぼくの作品から、ちょっと紹介してみよう。
まず基本。「伝来毛綿、買うか?」「買うかタワケ、いらんで!」…ま、よくできてる。
つぎに、こんなの。「老人のつぶやき」というタイトルがついて、
「どれ、携帯電話か…」「買わんでいたいけれど…」…これも、上手。
こんなキレイなのもある。「舞いおりた降る雪に憩いし仲」「悲しい恋に消ゆる二人を、今」
…大阪を題材にした、こんなものも。「さいなら。窓を眺め、あの子の傘を追う恋」「行こう。大阪のこの雨が、なお止まらないさ」…雨が「止まらない」のはちょっと苦しいけど、まあ、美しいわな。
と思えば、新生オリックスに入団したキヨハラをネタにして、「世のため、清原看板よ」「4番(よんばん)から早よ決めたのよ」…最近はスタメンではないけれどね。
最後に、こんなん、どや! 「エロ本を6冊買いました」というタイトルがつくんだけど、
「ひい、ふう、み、よ、いつ、むう…」「うむ。つい読み、うふ。いひ!」…これ、けっこう面白いよねー(と、自画自賛してしまうのだ)。
うん。てな具合なんですよね。
じゃ次回には、基本的な「たいこめ制作の方法論」を紹介することにしようかな。
楽しみにしててくださいなっ。
・・・いや、それにしても、次のクロアチア戦が気がかりだわー。
週末、東京の自宅に戻って、60インチの大画面で観戦することにします。
次回は、その後ということで。
M嬢、留守番たのむねー。
とりあえず、お知らせから。前回ちょっと触れた、大阪コピーライターズ・クラブ50年史「あどば」、ついに書店に出回り始めました! ぼくが編集長で、タイトルや構成はM嬢という、岡田事務所制作(といっても過言じゃないよな?)の本です。
ぼくも数か所かに登場してるけど、なんつっても見モノは、M嬢がピン張ってるページ。
マクドナルドの「M」の前でポーズ決めてます。まさに、Mだ!
みんな、とりあえず本屋さんに走ろう!
あとは、これも予告ずみだけど、いま制作中のもう一冊の本。題材は、「たいこめ」、であります。
「たいこめ」といっても、知らない人が多いだろうから、まず解説しとかなくっちゃね。
ひとことで言えば、これは究極のコトバ遊び(とぼくは思ってます)。
上から読んでも下から読んでも同じなのが「回文」。これはポピュラーですよね。ところが
「たいこめ」は、後ろから読むと、まったく違う文章が現れる、というシロモノなのです。
なぜ「たいこめ」って言うかって? あー、それをオレに語らせるんかー? しゃーないなあ、教えてあげよう。
これ、ローカルによって諸説あるんだけど、一般的には、
「鯛釣り舟に米押し達磨」(たいつりぶねにこめおしだるま)なる一文が語源です。
こいつを逆さから読んでごらん。おっと、声に出さないほうがいいと思うよ。
わかったかな? 要はね、逆から読むと意外な下ネタが出てくる、ってのが正調「たいこめ」。この一文の「鯛」と「米」をとって、「たいこめ」と呼ぶわけであります。
このコトバ遊びは、江戸時代、おもに戯作文学者の間で流行してたらしいんだけど、「下ネタ縛り」ってのがあったせいか、市民権を得られず、すたれてしまったらしい。
でもぼくは、そこに光を当てた。これはすごい。回文の上行ってるじゃないか、ってね。
そこで、2つのルールを決めたわけです。
ひとつは、下ネタ縛りをなくすこと。そうしないと、みんなが楽しめないから。
もうひとつは、上からの文と下からの文が呼応すること。つまり、問いと答え、のように。
この新ルールをひっさげ、それにのっとった自作たいこめを携えて、ぼくは世に問うた。
実は、いまを去ること11−2年前、週刊文春に「岡田直也のたいこめ講座」なる連載をもっていたのですよ。ぼくが決めたルールに沿って、一般読者から投稿してもらい、優秀作を誌上で発表していく、というわけ。
いやいや、そんなふうに仕掛けていくと、ハマる人がいるんですよ。レギュラー投稿人もできてしまった。それで、連載終了後も、そんな人たちが中心となって、地下に潜伏し、通信「たいこめの会」を発足させ、みんなで作品づくりに励んだわけ。で、その作品(膨大な数です)を選りすぐって本にしよう、と。わー、長くなっちゃったけど、そういうわけなのですね。
じゃ、わかりやすい実例を。
まず基本。「君の名は?」と尋ねられて、「花野美樹」と答える。これ、「たいこめ」です。
下ネタじゃないし、ちゃんと呼応してる。
もうひとつ。ちょっと高度なやつを。
ある人が言いました。「徹夜もイカンな、きつそう。よそう」それに答えて曰く、「ウソよウソつき、何回もやって」・・・これ、人に見せると必ず。「下ネタじゃん」って言われるんだよね。作者にそのような意図はまったくなかったんだけどなあ・・・。
どうすっか? 面白いっすか? 作ってみたい、と思いませんか?
じゃ次号で、いろんな作例を紹介してようくことにしよう!
このふた月のあいだ、いろんなことがあったなあ。プライベートでは、またまたムーンライダースのコンサート(イマイチ!)、忌野清志郎さんとその仲間たちの「新・ナニワサリバンショー」(こっちは最高!ここ数年のコンサートの中でベスト!)があったり、娘がやっと大学に受かったり(いや実際、ホッとしたよ)。仕事では、「大阪コピーライターズ・クラブ50年史」の編集とか、「たいこめ」の本の出版決定とか(このふたつについては、あらためて紹介しますね)。
そうそう、お知らせしなければならないことが。例の「似たもの言葉」、もうオンエアされてるんですよー。次のタイミングが、4月20日と24日。時間帯は、8時からと16時50分からの2回。もちろん、ともにNHK教育TVです。
ほんとに短いコーナーなんですけど、自分が考えたネタがTVで流れてるって、CMとはまた違った感慨があるね。ビミョーな時間帯だけど、ぜひともご覧あれっ。
NHKからも、「似たもの」ネタをあと20本、コニちゃんが歌う歌詞を2つ、要求されているのですよ。なんか、今年のぼくの代表作になってゆく気配がしますね。楽しみ。
というあたりで、連載再開はこのくらいに。次回のために、また話のネタ、仕込んでおきますねー。
]]>ついでに、近況報告みたいになってしまうけれど、その前途ヨイヨイの歳になっても初体験、てことがあった。それは、小切手。あるところでちょっとした文章を書いたんだけど、請求書もってったらその場で小切手を渡された。思わず、どうやって現金化するのか、恥を忍んで聞いてしまったね。まあ、こうやってオレも大人になってゆくのさっ。
そこで、大きな疑問。「小切手って、なんで切手より大きいのさ?」
カサだって、金額だって。誰か、答えてくれないかなあ。
さてさて、例のNHK。とんとんと話がすすんで、ぼくの考えた「似たもの言葉」のコーナーが4月から誕生することになりました!当初はね、ぼく自身の出演もアリか?なんて妄想も抱いていたんだけど、それはかなわなかった。でも、ネタのほうで全面協力することになりました。んで、14日(バレンタインデー!)に、一回めの収録です。当然、現場で立会います。どうなってくのか、すごく楽しみ・・・。
それでもって、「コトダマ」の新提案。「一文字換え」ってジャンルがあるなあ、と。
たとえば、書き込んでくれた「たまきこうじ」「たぬきこうじ」がそれ。そうそう、わかりやすく言えば、「ハレンチ」「フレンチ」。うん、これで、意外な組み合わせほど強いっていうバトルやったら面白いかもね。ぼくも次回までにいろいろ考えてみることにしよう。みなさんも、お願いしますねっ。
それで、ちょっと断っておかなきゃ。この前の「声に出して読みたい世界史」、あれってM嬢のネタ、だったんだなあ。あんまり借用がすぎると怒られるもんで、あれはあれであのへんにしておこうか・・・(M嬢はmixiでそーとー活躍してるみたいだよー)。
]]>さて、この年末年始。東京の自宅にて、久しぶりにテレビ三昧してしまいましたわー。
なんせ最近、55型のプラズマテレビとマッサージチェアが導入されたもんでね(残念、ロッキングチェアではありません。従ってガウンにブランデーっていうわけでは・・・)。
レコ大、紅白に、年が明けて天皇杯、里見八犬伝、古畑任三郎と見まくりましたね。
しかし、TVCMは悲惨な状況だったな。亜流とパクリのオンパレードで。どっかの電気屋が、去年のシャープのクイズ形式と全く同じ感じのものを流していたのには驚いたし、
auとJA共済で、仲間由紀恵の使いどころが全くカブってたのも、見てて痛々しかった。
まあそれはともかくとして、「似たもの言葉」、たくさんの書き込み、どうもありがとう。
連載始まって以来の反応でしたね。ということは、面白いんだよ、あれ。まだコラボ先からは連絡がないんだけど、今年の僕の一大テーマになることは間違いないんだろうな。
さて今回は、新しき「言霊」候補として、「読み」がステキな言葉ってのを取り上げよう。
たとえば、みなさん知ってるかなあ、「ゲキゼツ」という単語。「ゲキ」とは鳥の「もず」のことで、「鴃舌」と書きます。異民族の聞きなれない言語を、ちょっとさげすんでいうときに使う言葉。ぼくみたいに、マニアックな歴史の本を読んでると、ときどき出てくるんですね、この単語が。でもこれ、意味はともかく、「ゲキゼツ」という「音」がいい。なんか「激絶」みたいで、こっちがやられそうな感覚をおぼえる。強いですよねえ、言霊力が。
うん、もうちょっとポピュラーな言葉として、「朴訥(ぼくとつ)」があるね。これもかなりいい。「ボクトツ」の音に、野暮ったさと世渡りの下手さがにじみ出てやしないかい?
でも、すごくいい人なんだよ、きっとその人は。
そうそう、「ボクトツ」といえば、「冒頓単于(ぼくとつぜんう)」。前漢に対抗した匈奴の王の名前だ。中国史のなかではたぶん悪者扱いされてると思うけど、本当はいい人?
でも「ボクトツゼンウ」、すてきな響きだ。
匈奴といえば、「呼韓奴単于(こかんやぜんう)」ってのもいる。こっちも読みが、そうとういい感じだと思わない?
この辺になってくると、「声に出して読みたい世界史」とでもいうべきもの。幸か不幸か受験知識って意外に忘れないもので、その中からステキな読みのものを集めることだってできそう。言霊新ジャンルが成立しそうじゃありませんか。
中国史でいえば、「クマラジュウ」に「ヤリツアホキ」・・・なんかがいい塩梅。ただし中華思想って、そうとう相手を見下して漢字を当ててるんで、そのあたりのことを知っておく必要はあるけれどもね。
あとね、オスマン・トルコもいいよ。「ウンキアル・スケレッシ条約」「クチュク・カイナルディ条約」なんての、ぼくは好きだな。
・・・さあ、あなたも「カノッサの屈辱」「モヘンジョダロ・ハラッパー」よりもっとマイナーで、もっとステキな世界史用語、探してみない?
最近は、広告以外の部分で、仕事が活性化しつつある、いや、するかも知れない、するといいな、的な動きが、岡田事務所に見受けられるのですよ。
そのひとつが、NHKとのコラボ(あえてコラボと言うあたり、強気なオレらしくっていいや)。教育テレビに「にほんごであそぼ」ってのがあるの、知ってる人も多いと思うけど、その中でKONISIKIが唄うラップ(ラップは、「唄う」でいいんかいな?」)の作詞を僕がやってるんですよ。そんな縁でこの前、来季の番組編成ブレストみたいなものに呼ばれて行ってきたんですね。
で、僕は得意のコトバあそび(コトダマあそびとも言う)を連発した。そしたら、とても興味を持たれまして。いろんなネタをとりあえず提供する、ってことになりそうなんですよ。
たとえばね、前回ふれた「おやじギャグ」「ダジャレ」というのだって、子どもたちにむけて再発信したら、とても新鮮なものになる、と思うんだ。おやじたちが、ウケを狙って、でも半分卑屈になりながら発するから、おやじギャグとして引かれてしまうのであって、堂々としていれば、それはもう立派なコトダマ。きっとオンエアを見た子どもたちは、翌日の学校や保育園で連発してくれるはず。うん、だから、ダジャレは絶対に入れたいんだ。
それから、「似たものコトバ」ってやつ。たとえばね、(おおっと、これはM嬢のネタだけど)、「ロドリゲス」と「のぼりべつ」は、よく似てる。そう思いません?この話をさっきのブレストでしたら、NHKの人が「胸毛の生えた人が温泉はいってる絵を想像してしまいますう」なんて言ってた。面白がってもらえたんですよ。うん、これ、やってみたいんだけど、なかなか他に見つからない。「カシオペア」と「エチオピア」とか、「エゴラッピン」と「肉骨粉」とか、候補はあるんだけど・・・。なんか思いついたら、このブログに書き込んでもらえませんか?
まあ、そんなこんなで、どうなることやらわからないけど、NHKとはガップリ四つでやっていこうと思うんですよ。
なになに、子ども向けの番組だってこと忘れてるって? ははは、その通りだね。ネタにはじゅうぶん気をつけなきゃあね。
じゃあ、なにか進展があったら、この場でまた報告しまあす。
今日は、ぼく的に「コトダマの極み」であるところの、「ダジャレ」について、ちょっと書いてみようかな。というのもね、この名うてのダジャラー、最近すべってるなあ、と感じることが多いもんでね。
その一言であなたも人気者、もう仲間内の共通言語、ってのがコドモギャグとすれば、そこで話がとぎれる、または引かれる、あるいはスルーされるのがダジャレであり、オヤジギャグと呼ばれるものだな。
それに対し、コトバを発したとたん、聴いた者がハタと膝を打つ。なるほど・・・これを、オシャレという。
またそのコトバに端を発して、話がポンポンつながってゆく。これがオトナギャグ、なんだろうな。
いや、もうひとつあるぞ。本人はまったく意識していないのに、つまり狙ってはないのに、やたら周りがウケてしまうやつ。もはや、天然と呼ぶべきもの。じつはこれがコトダマ的には、いちばんレベルが高い気がするんだなあ。
・・・とりあえず、そんな定義をしてみた。
しかしさあ、女性はどうして、ダジャレをほとんど口にしないんだろう。言わないばかりじゃなく、面白がってもくれないんだな。これ、フシギ。脳の言語中枢の構造がちがうせいなのか。いや、前頭葉の配線そのものが、ちがうからなのではないだろうか(いや、たぶんオレのギャグがつまんないからじゃねえのか!)。
ダジャレっていうのは、一瞬の命の輝き。そう、数秒間だけのめくるめく刹那ワールド。
その一瞬だけ、現実世界、というか三次元世界を飛び越えてしまう魔力を放つもの。男はそこに、自分の全てを賭けているのだ。そのあたり、女性にはわかんないみたいだな。
M嬢にしたって、ぼくの書く語呂合わせ的コピーへの評価はキビシイ。ほんの軽いノリ
の振りして(ほんとは魂の叫びなのに!)、「こんなん、どう?」と向けてみても、反応はイマイチ。というか、すごく文学的、修辞的にとらえようとしちゃってるのね、いつも。
まあ、深く汲みとってくれれば、それにこしたこたあないけど。まあ、ぼくの書くコピーは、いつだって深いんだからねっ。
でもある意味、彼女は「鏡」でもあるんだ。人口の半分を占める女性の支持を失ってはいけないもんで。だから、彼女をクリアしないと、ぼくの語呂合わせは陽の目をみないことになっているんだ。
しかしね、近頃の女性だって、部分的にけっこうオヤジ化してはいるぞ。
たとえば、ぼくの妻。ぼくのことを年甲斐もなく「なおちゃん」と呼ぶんだけど、このまえ「なおちゃん、なおちゃん、なあ、おっちゃん!」って言って、ひとりで笑いころげてた。
これ、どうよ?
オレは逆に、完全スルーを決めこんだぞ。
ま、そんな具合に、オヤジはオヤジらしく、ダジャレの精度をあげてやるんだ。M嬢に認められるまで。あるいはM嬢がオヤジ化するまで、ね。
]]>ふたつめは、仕事がらみで、「a-nation」。これ、avexが毎年夏にやってる、ミュージシャン総出のイベントですね。今年初めて、見に行ってきました。いや、これはね、「想い」でやってるものって強い、ってことを感じたね。avexという企業がこれからどこへいくのか、ちょっと楽しみではあります。また、その片棒を担ぐことになるかもしれないのも、また楽しみだなあ。あ、そうそう、コンサートのあと北野クラブで開かれた打ち上げにも招かれて、幸田來未やBoAとお話もしたよ(ちょっとミーハー気分はいってしもた)。
そして3つめは、何をかくそう、「心斎橋そごうオープン」。9月2日に、VIPの内覧会に行ってきたんだけど(メインのコピー担当したから当然だな)、これがまた、よく出来てるんだな。東京にいると、百貨店ってもう役目終わったんじゃないの、と思うことしきりなんだけど、現場を見てしまうと、大阪という土地柄もあるけれど、ザ・デパートはまだまだ、って感じがするよ。自分で書いててナンだけど、まさに「なにわ遊覧百貨店」ですよ、あれは間違いなく。
でもね、これにしたって、トップの「想い」がカタチになったものなんですよね。コンセプトとかブランドとかじゃなく、もっと直観的な、もっと愛のある「想い」。そういうのがベースにあるものって、ゼッタイ伝わるし、残ってもゆくはずだな・・・いやいや、ちょっとホメすぎましたか。だって、クライアントなんだもん。そりゃあ、ホメるさ。でも
ひとつだけ難を言うとすれば、あれだけ建築やインテリア意匠にこだわっているのに、その「想い」が、館内の案内板やサイン、エレベーターの中なんかに反映されていなかった。
そういう細部って、けっこうサービス業の生命線なのに・・・そこ、残念!
以上、これがぼくの「三大イベント」だったわけだけど、実はもうひとつ、とっておきのバッドイベントがあった。それはね、「携帯紛失事件」。東京で外回ってるときに、やっちゃった!いやいや、まさに神隠し、ですよ。まったくフシギなんです。で、いくら探しても出てこない。おまけに出張中なもんで、すぐに番号を止めて、「急ぎの方は事務所まで」
のガイダンスを設定してもらって、1時間おきぐらいに、公衆電話から100円玉いっぱい入れて、事務所のM嬢に連絡とったりして。おまけにデータはぜんぶなくなっちゃったし。あとでリカバリーがたいへんでした(いまもリカバリー中だけど・・・トホホ)。
みなさん、ケータイだけは失くしちゃダメよ。
うーん、これがこの夏最大のご教訓かもしれない。いつもM嬢に、「ナオヤさん、やっちゃいましたね」ってばかり言われてるダメなボスなんだけど、今回ばかりは笑えなかったわ。
・・・とうことで、「コトダマ」とは関係ない話だったなー。
次回から復活しますので、ふたたび、よろしく。
・・ああ、ちょっとスッキリしたわ。
さて、「コトダマ地名」の話をしよう。今日のテーマは「オタ」「ウタ」だ。
「オタ」「ウタ」の音を含む地名が、全国いたるところにありますね。これみんな、アイヌ語起源ではないかと、ぼくはにらんでいるのですよ。
まず、わかりやすい地名、「小樽」から解説しよう。「オタ」とは「砂」。「ル」は「道」。小樽とはすなわち「砂の道」という意味なんですね。
北海道には「歌志内」「歌登」「歌棄(うたすつ)」といった具合に、「オタ」「ウタ」地名がけっこう多いんです。みんな、海沿い、川沿いの砂地につけられた名前なんです。
じゃ、本州以南を見ていってみようか。
香川県に「宇多津」という古い港があります。ここは、かなりあやしい。それから奈良県に「宇陀郡」がある。「大宇陀」「菟田野」という地名もある。ここも河川敷の砂からきているのでは? また東京・渋谷の「宇田川町」も、そうなのではないかと思ってる。福井県の「織田(おた)町」、愛媛県の「小田町」も、そんな仲間ではないのかな。
さらに、「小田原」って、どうよ? たぶん、相模湾に面した砂浜の地名だよ・・・。
いやいや、「ウタ」にはもうひとつ、アイヌ語で「ナマコ」の意味があるから、ナマコだらけの海岸だったかも知れないけどね。あ、ひとつ言い忘れたけれど、アイヌ語に関しては
萱野茂さんの「アイヌ語辞典」(三省堂)を参照しています。
なんで「砂」の話になったんだろう? やっぱり書き出しの、マックシェイクのCMに
ひっぱられたか。それともアイフルの「半身ヤキ」のせいかも・・・。まあともかく、世間では夏本番のようで。みんなもぜひ海に行って、砂浜で「オタオタ」、しようぜい!
でもこの前の3連休は、久しぶりに東京に戻って、家族とゆっくり過ごすことができましたわ。青山界隈でメシ食ったり、上野の国立科学博物館で「縄文vs弥生」展を見たり・・・
あ、これは企画だおれ。ポスターにつられて行ったら、ダメ!!の一言・・・上野ついでにアメ横のぞいたり、まあまあ、ゆるりとしてきました。
やっぱ、東京って、いいねえ。
さて、「ナオヤゴ」だね。
そろそろ、ぼくの専門とするところ、ていうかライフワークみたいなことに、話をもってってみようかなあ、と。つまりね、最強のコトダマ、「地名」、とくに「アイヌ語地名」に、いよいよ踏み込もうかな、なんて思っているんだけど。
「そもそも、白河の関以北が、アイヌ民族の居住地だった。してがってアイヌ語地名も、関東以南にはほとんどみられない」これが、学界の定説です。でも、ぼくはそれはウソだと確信してる。金田一さんとかの碩学がそう言ったまでで、アカデミズムはそういう人の発言に合わせるところがあるから、ちっとも発展していかないんですね。柳田さんの「稲の道」だって、ずいぶん長いこと「定説」になっちゃってたわけだし(これは最近、中国江南地方との関連で、再浮上の気配があるけれどね)。ぼくに言わせれば、かつてアイヌ民族は、日本中に住んでいた。そして日本中に地名を残していたんです。もっと正しく言えば、アイヌ民族の祖先である縄文人が、地名を残したんですね。
そう。縄文語からアイヌ語ができた。しかも地名というのは、6千年に1割しか変化しない、という説があります(最近のように、新興住宅地にヘンな名前がつけられちゃうと、事情はちがうのかも知れないけど)。それに従えば、縄文人たちが使ってた地名を、ぼくらはそのまま使ってる確率が高い、ということになるではないですか。ただ、渡来系の人びとが来たときに、地名の「音」にヘンな漢字を当てちゃった。
さながら北海道の地名の多くが「当て字」であるようにね。それと同じことが、かつて起こったんです。だからね、日本全国、「和語」で解けない地名が多いこと、多いこと。でも権威ある地名辞典には、こじつけの解釈がいっぱい載ってます。なかには笑けるのもありますよ。大多数はウソだとにらんでます。
みなさん、気をつけましょう。
わかりやすい例として、「四万十川」を挙げよう。これ、和語だとまったく語源がわからない。4万と10って何? でしょう?
でも、アイヌ語だと解けるんだなあ。「シマム」とは「西」。「トー」とは「海」「湖」「大きな川」・・・そうです。「西の大河」です、シマムトーとは。
四国の西を流れる大きな川。物部川や仁淀川に対する「西」なのか、それとも吉野川対抗か。いずれにしても、すごく明快でしょう?ところが、そんな説明がある地名辞典なんて、ありゃしないんですから。
・・・さてさて、こんな具合に、これからしばらく、みなさまを「アイヌ語地名=縄文語地名」の世界にいざなってみよう、と思います。
冒頭に紹介した「縄文vs弥生」も、ほんとはこんなことを題材にしてほしかったな、と思うんだけどねえ。まあ、「地名=コトダマ」を前提とした企画なんて、ぼく以外のひとがやっちゃいけないんだけどもさ・・・。
さてさて「地名」 「三文字熟語」 「ひらがな」ときて、今回は「ちょっと惹かれる決めゼリフ」について書いてみようか。
このまえ、ウチのM嬢と話をしていて、そういえばめったに口にしない、というか実際には耳にすることもないけど、有名な決め文句ってあるよね、ってことになった。
たとえば、「この、泥棒ネコ!」。 昼ドラなんかでいちどは聞いたことがありそうで、かなり有名な「決め文句」だ(決まり文句?いや、この場合は決め文句でいいな)。
ただこれ、日常生活のなかで体験したことがあるとすれば、それはそーとーな不倫の修羅場。女どうしの取っ組み合い開始のゴング、って感じだよね。こりゃ大変。刃傷沙汰にもなりかねない。
まあ、コトダマ理論にのっとってみれば、この一言はかなり密度の高い呪詛、ということになるな。うん、呪詛ではあるんだけど、力関係的には、泥棒ネコ呼ばわりされたほうが勝ってるんだろうなあ。
恋愛沙汰の呪詛といえば、「ケダモノ!」ってのもある。これはおそらく放送禁止用語に違いない。でも、ぼくの記憶が正しければ、映画「卒業」の字幕に登場してたよ、昔。
まあ実際、こんなコトバを投げつけられたら、人間としてどーよ、なんだろうけど。
M嬢は、「人を呼びますよ」がいいと言ってた。これは修羅場の手前だな。だけど、コトダマパワー的にはかなり強いものがある。あなたを警察に引き渡しますよ、とほとんど同じ意味をもってるからね。ま、こんな文句をチョイスするあたりが、三文字熟語でいえば
韋駄天な、いや居丈高なM嬢っぽいんだけどね。
そう、こんな感じの、コトダマを秘めた、でも実際にはなかなか経験できない「決め文句」、まだまだほかにありそうだよね。てらさっきさん、TKさん、megzさんはじめ、みなさんもちょっと、探してみてくれません?
さてさて今回はうってかわって、「ひらがな」の話をしよう。
最近読んだ本のなかで、ひさびさに共感し、これは人に薦める価値あり、と思っているものがある。それが「ひらがな思考術」(関沢英彦著 ポプラ社刊)だ。
要は、漢語やカタカナ語ではなく、ひらがなで考え、書き、伝えることを推奨する内容なのだ。まあ、ここでぼくが云々するより、とにかく一読してほしいのだが。
この著者は、ぼくがもといた会社の先輩。コピーライターとしても先輩格にあたる人。そんな、知っている人の本だからよけいに親近感がわくのかも、というところはあるが、とにかく「その通り」と納得してしまった・・・そうなんだ、ひらがなは強い。ブレない。
そして時代を超える。考えてみれば、谷川俊太郎さんの詩、「世界がもし100人の村だったら」的な平積み本、「100万回生きた猫」
のような超ベストセラー。みんな「ひらがな」主体なんだよなあ。ひとびとの心の底までしっかり届くには、やっぱりひらがなコトダマが必要だ、と最近思うことしきり、なのである。
ぼくの書くコピーにしても、そう。昔はそれこそ「史上最低の遊園地」やら「川崎事件」やら「世界品質」やら、とにかく漢字のパワーにすがった剛速球にこだわっていたのだけれど、今はちょっと違う。あたかも野球のピッチャーが、球威一点張りではなく、いろんな球種を覚えて成長してゆくように、最近はやさしいコトバで、つまりひらがな主体で書くようになった。そのほうが、みんなの反応がいいことに気づいた。いやいや、やっと気づいたわけなのである。
たとえば、こんなこと。2か月ほど前、あるところで「父の日・母の日」用広告のディレクションを頼まれたんだけれど、ぼくの要望はただひとつ。
「子供になんと言われたら、親は泣くか?それをコピーにしよう」ということだった。そのためにはやはり、ひらがなのコトダマパワーがいる。例えばぼくの娘(18歳が実在する)に、「Thanks Papa」なんて横文字で言われても、なにも感じない(これ、面と向かったシチュエーションと広告表現とを同じ次元で論じているわけだが。わかる?)。もちろん「パパありがとう」「体に気をつけて頑張ってね」と言われて、うれしくない父親はいないとは思うが、ぼくはぼくで、決定的な殺し文句を妄想してしまった。
それが「わたしは あなたの 娘です」の一行。
娘にこう言われたら、きっとぼくは泣くと思う(いや、妄想だって。ウチの娘はそんなことのたまうタマではないから)。じつにいいセリフだな、とぼくはひとり悦に入っている。
つまり、こういうひらがなコトバはものすごい力を持つ、人の心の奥底まではいりこむ、ということを言いたいわけなのだ。まあ、このあたりのことは、前述の「ひらがな思考術」の内容と重なってくるのだが。
つまり、こういうことが言えるかも。ひらがな的に考え、ひらがな的大和コトバを大切にし、流行語や漢語に流されない、わかったようなフリをしない。これってもしかすると「スロー・シンキング」「スロー・ワード」ってこと? 人口に膾炙して久しいけれど、いまひとつピンとこない「スローライフ」ってコトバの概念を裏から支えるものに、ぼくはきっとなると思うのだが・・・おっとその前に、「スローライフ」をひらがなコトバに言いかえなければ。そっちのほうが先ですよね、関沢先輩?
ちなみに四文字熟語だって、なんでもアリだと思いますよ。
「援助交際」「日勤教育」「回復運転」
・・・ちょっとアブネエか・・・
あたり、どんどん辞書に載ってくれば、おもしろいのにね。
・・・ということで、これからもご愛読、よろしく!
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