« 2005年06月 | メイン | 2005年08月 »
2005年07月25日
ついに、地名のハナシ、するぞー!
あー、すっかりごぶさたしてしまいましたなあ。
いやまったくホントに、どーしよーもなく忙しくってね。しかもその間、事務所の引越しなんかしちまったもんだから(そうそう、M嬢の誕生パーティもあったしなあ・・・オレが忙しいって、そういうことかっ)。
でもこの前の3連休は、久しぶりに東京に戻って、家族とゆっくり過ごすことができましたわ。青山界隈でメシ食ったり、上野の国立科学博物館で「縄文vs弥生」展を見たり・・・
あ、これは企画だおれ。ポスターにつられて行ったら、ダメ!!の一言・・・上野ついでにアメ横のぞいたり、まあまあ、ゆるりとしてきました。
やっぱ、東京って、いいねえ。
さて、「ナオヤゴ」だね。
そろそろ、ぼくの専門とするところ、ていうかライフワークみたいなことに、話をもってってみようかなあ、と。つまりね、最強のコトダマ、「地名」、とくに「アイヌ語地名」に、いよいよ踏み込もうかな、なんて思っているんだけど。
「そもそも、白河の関以北が、アイヌ民族の居住地だった。してがってアイヌ語地名も、関東以南にはほとんどみられない」これが、学界の定説です。でも、ぼくはそれはウソだと確信してる。金田一さんとかの碩学がそう言ったまでで、アカデミズムはそういう人の発言に合わせるところがあるから、ちっとも発展していかないんですね。柳田さんの「稲の道」だって、ずいぶん長いこと「定説」になっちゃってたわけだし(これは最近、中国江南地方との関連で、再浮上の気配があるけれどね)。ぼくに言わせれば、かつてアイヌ民族は、日本中に住んでいた。そして日本中に地名を残していたんです。もっと正しく言えば、アイヌ民族の祖先である縄文人が、地名を残したんですね。
そう。縄文語からアイヌ語ができた。しかも地名というのは、6千年に1割しか変化しない、という説があります(最近のように、新興住宅地にヘンな名前がつけられちゃうと、事情はちがうのかも知れないけど)。それに従えば、縄文人たちが使ってた地名を、ぼくらはそのまま使ってる確率が高い、ということになるではないですか。ただ、渡来系の人びとが来たときに、地名の「音」にヘンな漢字を当てちゃった。
さながら北海道の地名の多くが「当て字」であるようにね。それと同じことが、かつて起こったんです。だからね、日本全国、「和語」で解けない地名が多いこと、多いこと。でも権威ある地名辞典には、こじつけの解釈がいっぱい載ってます。なかには笑けるのもありますよ。大多数はウソだとにらんでます。
みなさん、気をつけましょう。
わかりやすい例として、「四万十川」を挙げよう。これ、和語だとまったく語源がわからない。4万と10って何? でしょう?
でも、アイヌ語だと解けるんだなあ。「シマム」とは「西」。「トー」とは「海」「湖」「大きな川」・・・そうです。「西の大河」です、シマムトーとは。
四国の西を流れる大きな川。物部川や仁淀川に対する「西」なのか、それとも吉野川対抗か。いずれにしても、すごく明快でしょう?ところが、そんな説明がある地名辞典なんて、ありゃしないんですから。
・・・さてさて、こんな具合に、これからしばらく、みなさまを「アイヌ語地名=縄文語地名」の世界にいざなってみよう、と思います。
冒頭に紹介した「縄文vs弥生」も、ほんとはこんなことを題材にしてほしかったな、と思うんだけどねえ。まあ、「地名=コトダマ」を前提とした企画なんて、ぼく以外のひとがやっちゃいけないんだけどもさ・・・。







