2005年05月10日
新連載!
「ナオヤゴ」。それは、コトダマである。
そしてコトダマを信じ、仕事の現場で日々格闘してる、言葉のオーソリティ「ナオヤ」
が発する、ありがたきお言葉である。
ナオヤ的には、文学作品・詩歌にとどまらず、とっておきの口説き文句や警句、祝詞や呪詛、はてはダジャレや語呂合わせも、「ナオヤゴ」の範疇として扱うつもりである。
そう、コトダマ。
神は言葉に宿り給う。そして、ディテールに居ます、という。
たとえば平安時代の和歌。掛詞や語呂を駆使した、超絶技巧のオンパレード。これはまさに、神のなせる業。
たとえば俳諧。切り詰めて切り詰めて、いったん無に戻してから搾り出される言葉。これまた、神の宿り。
そして、そして、オヤジがポソリとつぶやくギャグ。彼の生き様からひねり出された、恥ずかしくも神々しい一言。これをコトダマと呼ばずして、なんと表現しよう。たとえ無視され、引かれ、さげすまれようと、
決してひるんではならない・・・。
要するに、形態やジャンルを問わず、口をあるいは手を介して発せられた言葉には、ひとしく霊力が宿り給ふ、のである。ナオヤ的には、そういう立場、なのだ。ということは、世界的文豪も、そこらへんの一介のオヤジもひとしくコトダマを発する自由と権利を持つ、ということになるのである。
・・・そんな、コトダマの力に基づいた言葉、ひいては日本語というものを一手に引き受けて、連載にしてみようと思っている。いろんなカタチのコトダマを紹介し、ネタにしながら、「ナオヤゴ」内にいろんな小コーナーをつくっていくことも検討中であるぞよ。
先日までの「広告バナシ」とはまた違った嗜好で、ナオヤワールドを世に問う所存である。ひとつご期待のほどを!
投稿者 okada : 2005年05月10日 00:00
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コメント
岡田先生
昨日は貴重なご講義、どうもありがとうございました。
すごく新しい刺激を受けました。
楽しくて為になる、ホント素晴らしい2時間でした。
是非またご講義お願いします!
岡田先生のご活躍から、少しでも多くのことを学べたらと思っています。
日本各地を飛び回ってお忙しいと思いますが、お体には気をつけて頑張ってください!!!
投稿者 MIKI : 2005年05月10日 15:38







