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2006年12月22日
「愛の流刑地」試写会をみた!
「愛の流刑地」映画です。
・あまりにも気になる
・1000円ですら払いたくない気分
なので…試写会に行ってまいりました。
バックナンバー
作品への愛?とツッコミ「今日の愛ルケ」
まーーー、思ってたのとぜんぜん違いました。
R15ですね、そりゃあ。
でも、普通ですよ…なめ回さないし、さっさと通報するし。
冬香が、赤や黒のシュミーズ着てたりするのが許せないわぁ…
浴衣の襟元に、ハイヒールのネックレスを探していたのは、私だけではあるまい…
朝から日経新聞の読者を惑乱?していた数々の名せりふや、菊治のひとりごとも、ナシです。
トヨエツの演技がよかっただけに、問題(なんの?)が、すりかえられた気がする…
寺島しのぶさんのブリッコ…いえ、冬香をなよやかに演じるようすにも、気を取られてしまいました(笑)。ときどき、連載の挿絵に似てましたよ。
でも、連載よりずっと、「不快なオンナ」じゃなかったの〜。それって良かったのか悪かったのか??
(春千代)
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投稿者 deep( 春千代 ): |01:13 | コメント (1) | トラックバック
2006年12月19日
見れる人、苦労する人…「チケットの極意」
「さばき」から見た、宝塚ファン
ネットもチケット屋もなかったころから、宝塚ファンの間では「さばき」という互助があります。
シンプルだったしトラブルも聞いたことのなかった数年前まで、手順はこうでした。
当日、劇場ちかくで「浮いたチケット」実物を提示します。
さばき目当てで、チケットを持たずにふらっと来たファンが、そのチケットを見て「お願いします」。
定価でやりとりします。
もちろん、買うほうは、お釣りのないように支払うのがマナーです。
お互いに「ありがとうございました。」と深々と頭を下げる。
いい仕組みでした。
当日券を買いに行っても、コストパフォーマンスの悪い席しか残っていなかったりした場合も、さばきを見ると、あらあら、よいお席を余らせていらっしゃる…
そんなときも、よくお世話になりました。
チケットの販売方法は、すぐにはわからないややこしいものばかりでしたが、真剣にやれば見たい人は見れる、そんな世界だったんです。
もし少々ダブっても、さばきで引き取ってもらうこともできました。
やりとりは定価が鉄則だったから、売るためにチケットを集める一般人は、いませんでした。
それが、宝塚のチケットが「チケットぴあ」で売られはじめてからでしょうか、変わってきたのは…。
チケット屋が気がついたんですね「宝塚は儲かる」と。
ネットオークションの発達も拍車をかけたのだろうと思います。
普通のファンが、貴重な日、いい席を「高く買う」ことをはじめてしまったのです。
自分が高く買っているのだから、自分が不要なチケットをファンにも高く売って、次の資金にする。
そういう流れができてしまいました。
互助だったころは暗黙の了解だったのに、ダフ屋や詐欺をはたらく人が出てきたため、監視がつくことになりました。
買うだけの人も、こういいます。
「宝塚の友だちいないし、会にも入っていないから、オークションに頼るしかない」
だとしたら、ずっと、それを続けるしかないですね…
「仲間と語り合えるから楽しい」ので、長くファンを続けてきた私は、「もったいないなあ」と感じました。余分に払ったお金で、だれか気の合う仲間でもできれば、新しい気付きもあるし楽しいだろうになあ、と。
ちょっと話がそれました(汗)。
つまり…昔がよかった、と単純になつかしんでいるわけではないんです。
チケット販売を外部委託にしたところで、阪急さんの手間が減っただけで、不透明感はいつまでも残りますからね…(^^;)。
バックナンバー「ぴあ・チケット争奪戦」を読む
のどかで優雅だった時代、「チケットはみんなのもの」でした。
大きなチケットの海の中のほんの1部が、今日自分のもとに来てくれている。
だから、さばきでは、譲るほうも譲られるほうも、同等の立場でこういいます。
「ありがとうございました。」
贔屓がちがっても、苦手なスターがいても、私たちは「宝塚ファン」という一つの集合体でした。
今はどうでしょうか。
すべての人がそうとは言いませんが…、チケットの取りあいに時間も心も、文字通り「自分を砕いている」人がとても多いです。
チケットも、わたしたちも、一つの集合体であることを忘れて。
サヨナラ公演がこんなに続いた年はなかったと思いますが、それだけではないでしょう。
「あなたのチケット」「私のチケット」
そんなふうに、所有で区別していませんか?「売る」「買う」モノであるとしか、思っていませんか。
確かに、自分が座る席は重要です。大好きな贔屓の舞台を、自分の目で確かめたい。
あれこれやった。友会にはずれ、先行予約にも漏れ、一般前売りには電話がかからない、旅行社の団体予約もとれなかった。会は入ってるけどあてにならないから現物(チケット)は握っておきたい。
そう思うのももっともです。
けれど、どれだけやっても最終的に、見れる人は見れるんです。
(はー、やっと本題に入ってきた)
どんな人だと思いますか?
コネがある人?
会の貢献度が高い人?
お金がある人?
生徒に近い人?
どれも正解ですが(笑)、難しい条件もありますね。
私が気付いたのは、これです。
「やるだけやったら、見れる。あきらめない。でも、最終的に手に入らなかったら、諦める」
ことわざではこれですね。
「人事を尽くして天命を待つ」
誰にでも平等に「チャンス」があるとき、それに可能なかぎりチャレンジする。
チケット取得方法は日々変わっていくので、新しいやりかたに遅れずに、ついていく。友人にも負担のないような依頼をしていくと、友人もこの新しいシステムになれることができて、近い将来に役立てることができます。
そして、一つ一つの方法でチケットが取れなくても、へこまない。
「チケットがない」「チケットが取れない」
こう思うことは、ストレスです。活性酸素がどばっとわいて、免疫力が下がります。(基礎体力の低い人は、チケットがないと思うだけで、風邪をひくかもしれません。)
そして、「チケットがない」「チケットが取れない」「誰もあてにならない」「見れないときのことを考えたら夜も眠れない」と常に、常に、考えていると…
潜在意識もしくは宇宙の法則、まあ、なんでもいいのですが、どんなことが、あなたに起きると思いますか??
「チケットがない」「チケットが取れない」「誰もあてにならない」状態のあなたが、つくられるのです。
どうでしょう。
まわりで「チケットがない…」「チケットが取れない…」「誰もあてにならない…」と言い続けている人はいませんか。
観劇って楽しいはずなのに、なんだか具合の悪そうな人、多くありませんか。
がんばってますから、最終的には、見れるかもしれません。
でもそれまで、ずーっと、心身の具合悪くありませんか。
では、同じ「チケットがない」状況でも、明るく元気に公演を楽しんでる人、いませんか。
体が強く神経が太い?それだけじゃないですよ、きっと。
尋ねてみてください。
「最後は、見れる」
そう、信じています。
または、見れないときのことは、考えない。執着しない。
ここまで読んでもらって「おお、そうか!」と気付いてもらえたら、いや、半信半疑でもいいです。
ぜひ「見れる人」のまねをしてください。
最初は、「見れる」と信じていなくてもかまいません。
「最後は、見れる」と、大きな声で言いましょう。言い続けましょう。
そうしたら「あら?見れそう」となり、「うーん、いけるかも」となり、いつしか「最後は、見れる」と、心から思えるようになります。
そうすれば、心配事もなくなって、元気になります。
目の前の公演も、集中できますね(^^)。
あ、もちろん、まったく努力していなかったり、ただ思い込んでも、チケットは手に入りません(笑)。
そこだけお間違いなきように…。
日常生活でも、使えます。どうぞお試しください。
気持ちの問題なら、がんばらなくてもいいですよ。
なにか許せないことがあるなら「許します」と声に出していえばいいのです。
24日は、雪組公演の千秋楽ですね。
いままでがんばってきた人たちが劇場に入れて、体調万全でこころおきなくラストデイを過ごせますように、心よりお祈りいたします。
参考書:「神との対話」
すべてはひとつである、と思い出させてくれる、すばらしい本です。
参考音声CD:「斉藤一人塾寺子屋講演会」
”ひとりさんとお弟子さんの伝説の講演”2枚組みCD
自分もまわりも楽しく生きるエッセンスいっぱい。

京都四条、錦市場のまるかんのお店だと、1セット2枚から購入できました。春千代と会う予定のあるかた、100円でお分けしますので言ってね(^^)。
(春千代)
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投稿者 deep( チケットの法則 ): |14:59 | コメント (0) | トラックバック
2006年12月15日
まわるまわる、同じ人がぐるぐる
以前、同じスターを応援していたJちゃんにばったりムラの千秋楽で会いました。
春「久しぶりーー。どうしてるの?」
J「いま、下級生の○○ちゃんのファンなんですー」
そうか〜。みんな、繰り返してるね。
同じ公演を何度も見てると、下級生にも気になる子がでてくるものです。
贔屓が退団するまでは、その子も同時に見れるけど、贔屓退団後は「その子目当て」で遠征しなきゃなりません(笑)。
同じ人間がぐるぐる回っているのです。
「Aさんのファン」と顔だけ知ってる人がいるとします。
なんで顔だけ知ってるかというと、東西の劇場に通ううち、よく来る人は覚えてしまうんです(汗)。
怒濤のサヨナラ公演を終えた後、ふと気がつくと…その組の次の公演、その人たちはもういない…
しかし、「Aさんのファン」だったB子さんは、なぜか下級生の花出しをしていたり、別のグループのC子さんは、他の組のスターさんのスタッフになっていたりします。
男役スターさんを応援しているときにやってきた経験そのままで行動してしまえば、下級生ちゃんにとっても近づいてしまうのもムリありません(笑)。
娘役ちゃんを応援するのに、男役スターファンの流儀でアプローチして、娘役ちゃんにびっくりされてしまったヤツらもいましたっけ(笑)!!
で、まあ、そんなこんなで…
Jちゃんの新しい贔屓は下級生。
代表さんもいないし会もまだないので、待つのも不自由です。
どこで何時に待てばいいのか、いままでなら会の留守番電話で情報が流れていたのに、今はそれがありません。
春「お手紙や差し入れのときに、『入り出の時間や場所は、どなたにお聞きしたらいいですか?』って書いとくといいよ。そしたら、付いてる人がいたら、その人から連絡くるだろうから。みんなそうしてるよ」
J「えーーっ、そんなのできませんよー」
春「じゃあ、入りか出で会ったときにきいてみ」
J「えーーっ、そんなこと言っていいんですか」
…いや、どこかで聞かねば、いつまでも闇雲に待たねばならないのだが…
東京の公演中と違って、ムラは時間も場所も方向も、イレギュラーだぞーー。
遠くからやって来るくせに消極的なJちゃんだけど、新しい贔屓の同期生についてる子は知っているらしい(笑)。
下級生だったら同期のファン同士で手伝いあうことになりますからねー。待ってる場所も同じだし。
春「その子に聞いてみたらいいやん」
J「えーっ、できません。苦手なんです…その子。」
春「へえー。誰とでも合わせられると思っていたJちゃんにもそんな苦手があったの??どんな人なん」
J「あんなんで…こんなんで…常識ないんですよ」
ふーん。以前は、春千代の基準で「常識ない人」たちと、つるんでたように思うが…それより凄いと?
春「同期やったら避けるのは難しいなぁ。腹をくくるしかないんちゃうの?」
J「とてもくくれないので、このまま行きます…」
あらまあ、これからも(ひょっとして、会ができるまで)闇雲ね!!
いつまでやるのかな、Jちゃん(笑)。
そういえば春千代、最初の贔屓のとき…
代表さんがコワモテでした。でも、ファンが少なかったので、1対1にならざるを得ません。何時間も一緒に待つこともあるのに、逃げてばかりもいられません。
「これは、仲よくなるしかない!」と決心して、挑みました。そして、普通にお話できるようになりました。
コワモテだけど、いい人だった。
いま、どうしてるかなあ。
(春千代)
投稿者 deep( 春千代 ): |13:40 | コメント (2) | トラックバック
2006年12月02日
ディープ・東西の管轄
宝塚は全国で公演中。
ファンは、自分の贔屓の会にチケットを申し込みます。
だいたい、愛知県から西が、ムラの管轄。東側は東京の管轄。
つまり、同じ公演で、同じ会のうちでも、公演場所によっては、責任の所在(申し込みの送り先)が違ってくるわけです。
春千代とまめ菊の場合、チケットは各自で申し込む。
お茶会などのイベントで同席を希望するときだけ、まとめて申し込み。
ムラのときは春千代が、東京のときはまめ菊が代表者になって、友人分もくっつけてたんです。そうしたら、振込み料やら手間も折半になるということで。
さて…。
名作の再演とあって『今度の名古屋公演、ぜひ見たいね!』ということになりましたが、友会もはずれ、プレリザーブもはずれ…
最近の名古屋は厳しいなあ…(涙)。
会員ではないんだけど、ご縁のある、とある会の親玉さまにお伺いしてみました。
親玉さま「申し込みしてくれていいわよー申込書送るからね」
親玉様は東京の方です。丁寧に、春千代にもまめ菊にも同じものを送ってくれました。
メールでのやりとり。
春千代「どこ申し込む?」
まめ菊「●●日と●●日」
春千代「わかった。これ東京に申し込むの??」
まめ菊「え??名古屋は大阪でしょーに」
春千代「あ、親玉の住所で送ってきてたから東京かと思ってしまってたわ」
まめ菊「東京だったら言って。やるから(^^;)」
家に戻って確認したら、大阪管轄でした〜。
というわけで、やるのはやっぱり私でした(汗)。
コンビで動いてる方、なんかそんな取り決めしてますか(笑)?
ワイド姉妹とか、どうしてるの??
(春千代)

