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2010年07月28日

万博の記憶

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只今、上海万博の真っ最中でございます。


オリンピックに続いて、中国の威信をかけての開催。

ニュースを見ても、なんだかんだと問題点もありそうですが、
これも時代の近代化の過程で仕方がないですが、


むしろ何か大事件でも起こればいいのに…

と期待をもって傍観しているのは、我々のほうでございます。


この期待感は一年前の北京オリンピックの折りにも大いにあったのですが、
見事に期待を裏切られ平穏無事に終わったのは、

さすが中華民族のしたたかなところ。


今回の万博も何事もなく終わってしまうことでしょう。


ところで、

万博といえば、
我々昭和中期生まれの人間にとっては大阪万博のことをさします。


忘れもしません、

それは1970年!


その年、ワタクシは高校生。


1964年の東京オリンピックが小学生でしたから、
それからの6年間は最も多感で、好奇心旺盛な時期でもあり、
この万博の開催をどんなに待ち望んでいたことか。


日本経済の高度成長期は、
ワタクシの心と身体にとっても高度成長期であったのです。


オリンピックのスローガンであった

「より速く、より高く、より長く」

人間の無限の力を象徴してました。


その表現はそのまま引き継がれ、
万博スローガンは

「人類の進歩と調和」!


日本国民はどこまでも進歩成長し、
未来永劫まで幸福に満ち溢れ、
神から祝福されていると信じているようでございました。


そう、

ちょうど今の中国のよう。


ともかく、時代はイケイケドンドン。


日本国民の総てが、
「進歩」の名のもとに結集し、ばく進していたのです。


そんな、真っ只中に開催された大阪万博は、
戦後の荒廃から完全復興したご褒美の大祝賀会のようなものでした。


はい、

当然ワタクシも行って参りました。


ところが、

若い人達にどうでしたか?とよく聞かれるのですが、


まったく覚えていません!


完全に記憶が消去されているのです。


高校2年の夏休みだったことは確か。

40年前なので、記憶が風化しているのかというと、
そうでもなさそう。


なぜなら、

その時の着ていたストライプのシャツとコットンパンツ、
万博に到着した地下鉄の駅だけは克明に記憶に残っているからです。


記憶はそれのみ。

その他の記憶はまったくナシ!


アメリカ館の月の石も記憶にナシ。
太陽の塔も記憶にナシ。
各パビリオンの近未来的デザイン空間も記憶にナシ。
芋の子を洗うような人混みも記憶にナシ。


すべて見事に消去されてしまっているのです。


人間の記憶は幾度と反芻することにより、
継続され思い出として残ります。

ならば反芻がなかった事になります。


つまりは、
反芻するほどまったく興味がもてなく、
家に帰ってからも二度と記憶を辿らなかった
のでしょう。


月の石もパビリオンも人混みも、
ワタクシにとってはそれほどつまらなく、
どうでもよかったのに違いありません。


むしろ、

その日のためにおろしたシャツの鮮明なストライプブルーや、
田畑の中にぽつんと建っていた場違いな駅の方が、
よほど記憶に残ったのですからおかしなもんです。


おそらく今、
上海万博に行ったところで同じ結果になるのは間違いなし。


各国の国力をアピールする無機質な万博は、
今も昔もすぐに記憶を消去してしまうことでしょう。


記憶は興味があることのみがふるいにかけられ、
思い出として残ることを改めて知った次第でございます。

投稿者 tadashi : 2010年07月28日 10:02

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