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2009年08月26日

ネイルアートとニッポン

vol53.gif


この世の最も低俗アートである


ネイルアート。


(アート眉もありましたっけ…)


ひと頃のような、笑ってしまうぐらいの盛り盛りラメは、
さすがに影をひそめつつありますが、

それでもまだまだブームは続いています。


自分ではカワイイと思っていても、他人にとってはどうでもよい、

うっとうしい低俗アートでございます。


手先は道具を使う手段の一つである

という基本的な機能を自ら放棄しているのですから、
ネイルアートオンナは本気で生きてないと誤解されても仕方ございません。


一部の層から始まったネイルアートですが、
今や一般主婦から学生まで幅広い世代に定着してます。


ところで、この加速度的に広がったこのアートも、
ある業界ではかなり遅れて浸透しました。


それは、モデル業界。


意外と思われるかとしれませんが、
モデルがネイルアートを施し始めたのは、ほんの数年前くらいからです。


モデル達がネイルアートをしなかった理由は

至極簡単。


ご存知のようにネイルアートはジェルやアクリルで固められているので、

除光液ごときでは取れません。


そりゃ、あれだけラインストーンやラメをてんこ盛りしてるのですから、
強固な作りでないと困ります。

料理の皿やパソコンのキーボードにラメをポロポロ撒き散らすことになるのですから。


しかし、モデルの場合は逆。

取れないと困ります。


なぜなら、

メイクと同様、広告やファッションのコンセプトに合わせ
ネイルの色を塗り分けなければならないのですから。


ただ可愛いとか、カッコイイとか、

似合っているだけの理由でネイルの色を決められないのです。


そう言えば、ひと昔前こんな事がございました。


その日の撮影は、今をときめく日本人一流モデル。

メイク前に爪を見ると、


当時流行の花柄スパンコールのジェルネイルで
固められてました。


それはそれで可愛いのですが、問題は

広告商品と全く合わないこと。


商品は腕時計でステンレスバングルのメンズタイプ。

花柄スパンコールとでは対極的な時計です。


撮影は時計と顔とのアップショットなので、
爪の細部にわたってよく映ってしまいます。

ナチュラルカラーを上から塗って誤魔化そうとしても、
すでにスパンコール大盛りですからボコボコになるだけで、

見苦しい事この上なし。


モデルも恐縮してごめんなさいを連発するばかり。

結局、指先をポーズとライティングでカバーして、
何とかその日は切り抜けました。


こういう事態が起こり得るので、
ネイルアートはなかなかモデル達の中では定着しなかったのです。


ところが、


現在の撮影はデジタルがあたりまえ。

爪の色なんて、クリックひとつで何色にでもポンポン修正できます。


つまり、

どんな色を塗っていても何とかなるわけです。


となると、

モデル達も満を持して一斉にネイルをアート化させたのです。


現在雑誌系モデル達のほとんどは
ネイルアートでピカピカギラギラさせています。

まあ、それはそれで結構なことです。


ところが、

ワタクシ最近ある事に気付いたのです。


西洋人モデルがネイルアートを施したのを、
未だ嘗てお目にかかった事がないのです!


ヨーロッパ、アメリカ、ロシアを問わず、西洋人モデルで、

ただの一度も見た事がありません。


それどころか、
彼女達の爪は子供のように短く切り揃えられ、


なかには深爪のモデル達がいるほどです。


これって、とても不思議な現象です。


最初はさすがに西洋人モデルはプロ意識が違うものだと感心していたのですが、
それなら爪も長くして手入れも怠ってないはずです。


そこで、彼女達に思いきって聞いてみました。


ネイルアートはしないの?


「horrible!」


と即座にお答えなさいます。


ここがニッポン人と根本的に見解が異なるところ。


指の末端がキラキラしていてると
心まで浮かれてキラキラしてしまうのが、

正常な乙女ゴコロ。


しかし、

西洋人達はそんなラメ爪ごときでは心を動かされないのです。


逆に

「恐ろしく不愉快!」

とまでおっしゃる。


これはこれで、正常な客観視ができてる大人ゴコロ。


そう言えば、
携帯電話をラインストーンで埋めている西洋人モデルを見たことはありません。

携帯ストラップをじゃらじゃら付けてる人もおりません。


日本はカワイイ文化と言われていますが、

ネイルアートも日本独特の固有文化かもしれません。


単にカワイイものが好きというより、

カワイイもの、綺麗なものを見たら、
自分までがカワイイ存在になってしまう、

同調しやすい国民性なのかも。


それと、もうひとつ重要なこと。


似合う、似合わないの問題が大きい。


あのネイルアート、

日本人の手のようにモミジサイズならカワイクも見えるのでしょうが、
西洋人のように大きくタランチュラのような手では、

どうもブキミで魔女のように見えます。


その昔、陸上選手のジョイナーがそうでした。

カワイイとは対極的な挑戦的でブキミな匂いを漂わせていました。


西洋人がネイルアートをすると、
全くカワイくなく、何となく収まり悪いのです。


結局のところ、我がニッポン、カワイイ文化の事の発端は、

この幼児手、幼児顔、幼児体型から起こってるのかもしれません。


だって最近テレビで見る、欧米人のコスプレって
本当にブキミですもの…。


このあたりの深〜いお話は、

また次回にでも…。

投稿者 tadashi : 2009年08月26日 16:19

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コメント

ごきげんよう。いつも楽しく拝見しております。
ネイルアートは、おっしゃる通り、本当に醜悪でございます。
寄生虫のようなビジュアルの不気味さ、何十年も爪を伸ばしつづけているインドの行者のような不潔さ、纏足に代表される人体改造による神への冒涜、何より「カワイイ」と思考停止した傲慢さが気に入りません。
ちなみに, わたくしは男性の爪の過剰な手入れも認めません。
寿司を握るその手が, 青物よりもピカピカしていたら, 忽ち食欲をなくすことでしょう。

投稿者 ondine : 2009年09月02日 00:27

日本人女性において、爪がきれいであることは高貴であることの証として、無意識のうちに植えつけられたものであると感じます。

色白が七難隠すと同様

白魚のような細く長い指、そして長い爪は、家事をしていない位の高い女性のイメージ、姫のイメージであり、若さの象徴です。

ですから、そういった心理を理解していただければすべてがわかるはずです。手先を使うことを放棄すること、この見解は正解です。

主婦であれば、爪がきれいになることで、生活感を感じずにすみます。

夜の女性は、家庭的な女性ではないことが、男性に新鮮さを与える手段となります。

ほとんどの女性が思うことでしょう

「手先は道具を使う手段の一つであるという基本的な機能」

これが自分に望まれている価値だとしたら悲しいと。

たまには包丁を握る自分ではなく

パソコンを打つ自分ではなく

女であることを感じたいと願うでしょう。

カワイイという言葉の中に、この無意識の感覚がかならず潜んでいると思います。女性のささやかな抵抗でもあるのです。

また私がネイルアートに興味を持つずっと前の少女のころ

手指が美しく、
爪の長い友人に憧れました。

そこに大人の女性を感じたのです。

幼児的であることのコンプレックスが私のネイルへの情熱へ続いております。

ジョイナーさんが活躍されていた頃、私は小学生でしたが、
あの力強い肉体、派手なネイル、見ていて不快ではありませんでした。むしろかっこいいとさえ感じ、黒人の方の美しさだと思いました。
私は外国人のような力強い肉体も顔つきも持ち合わせていません。

なるほど、幼児性がもたらす心理であったわけだとあらためて理解いたしました。^^

立場が変われば理解も難しいでしょうが、少しでもご理解いただけると、少し見方がかわるのではないでしょうか^^

大変おもしろい記事でした。失礼いたしました。

投稿者 ネイリストMOGGY : 2009年11月03日 22:28


日本人女性において、爪がきれいであることは高貴であることの証として、無意識のうちに植えつけられたものであると感じます。

色白が七難隠すと同様

白魚のような細く長い指、そして長い爪は、家事をしていない位の高い女性のイメージ、姫のイメージであり、若さの象徴です。

ですから、そういった心理を理解していただければすべてがわかるはずです。手先を使うことを放棄すること、この見解は正解です。

主婦であれば、爪がきれいになることで、生活感を感じずにすみます。

夜の女性は、家庭的な女性ではないことが、男性に新鮮さを与える手段となります。

ほとんどの女性が思うことでしょう

「手先は道具を使う手段の一つであるという基本的な機能」

これが自分に望まれている価値だとしたら悲しいと。

たまには包丁を握る自分ではなく

パソコンを打つ自分ではなく

女であることを感じたいと願うでしょう。

カワイイという言葉の中に、この無意識の感覚がかならず潜んでいると思います。女性のささやかな抵抗でもあるのです。

また私がネイルアートに興味を持つずっと前の少女のころ

手指が美しく、
爪の長い友人に憧れました。

そこに大人の女性を感じたのです。

幼児的であることのコンプレックスが私のネイルへの情熱へ続いております。

ジョイナーさんが活躍されていた頃、私は小学生でしたが、
あの力強い肉体、派手なネイル、見ていて不快ではありませんでした。むしろかっこいいとさえ感じ、黒人の方の美しさだと思いました。
私は外国人のような力強い肉体も顔つきも持ち合わせていません。

なるほど、幼児性がもたらす心理であったわけだとあらためて理解いたしました。^^

立場が変われば理解も難しいでしょうが、少しでもご理解いただけると、少し見方がかわるのではないでしょうか^^

大変おもしろい記事でした。失礼いたしました。

投稿者 ネイリストMOGGY : 2009年11月03日 22:30


日本人女性において、爪がきれいであることは高貴であることの証として、無意識のうちに植えつけられたものであると感じます。

色白が七難隠すと同様

白魚のような細く長い指、そして長い爪は、家事をしていない位の高い女性のイメージ、姫のイメージであり、若さの象徴です。

ですから、そういった心理を理解していただければすべてがわかるはずです。手先を使うことを放棄すること、この見解は正解です。

主婦であれば、爪がきれいになることで、生活感を感じずにすみます。

夜の女性は、家庭的な女性ではないことが、男性に新鮮さを与える手段となります。

ほとんどの女性が思うことでしょう

「手先は道具を使う手段の一つであるという基本的な機能」

これが自分に望まれている価値だとしたら悲しいと。

たまには包丁を握る自分ではなく

パソコンを打つ自分ではなく

女であることを感じたいと願うでしょう。

カワイイという言葉の中に、この無意識の感覚がかならず潜んでいると思います。女性のささやかな抵抗でもあるのです。

また私がネイルアートに興味を持つずっと前の少女のころ

手指が美しく、
爪の長い友人に憧れました。

そこに大人の女性を感じたのです。

幼児的であることのコンプレックスが私のネイルへの情熱へ続いております。

ジョイナーさんが活躍されていた頃、私は小学生でしたが、
あの力強い肉体、派手なネイル、見ていて不快ではありませんでした。むしろかっこいいとさえ感じ、黒人の方の美しさだと思いました。
私は外国人のような力強い肉体も顔つきも持ち合わせていません。

なるほど、幼児性がもたらす心理であったわけだとあらためて理解いたしました。^^

立場が変われば理解も難しいでしょうが、少しでもご理解いただけると、少し見方がかわるのではないでしょうか^^

大変おもしろい記事でした。失礼いたしました。

投稿者 ネイリストMOGGY : 2009年11月03日 22:41

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