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2007年06月27日
卑しきカーテンコール。

お上手、お上手! ヤッタァ〜!
気分イイッ! あんたは天才!
よくお勉強しました! 努力は買いましょう!
とまぁ、クラシックコンサートにおける拍手の意味合いって、
こんなとこでしょうか。
でも、もうひとつの意味合いもございます。
もう一回顔見せてぇ! お願い、もう一曲!
同じ料金払うならお得感が欲しいの!
ホラ、ホラ、おだてに乗って、ホラ、ホラ!
という意味合い。
むしろこちらのほうが本音かもしれません。
それまでお上品を装っていた聴衆も、本プロが終えるやいなや、
本性ムキ出しになって急にオネダリしちゃうのです。
演奏家は演奏家で、この拍手もまんざらでもないようで、
じらすだけじらして拍手が鳴り止む寸前にアンコール曲をおもむろに演奏。
またもや万雷の拍手を受けて、
拍手とアンコールのエンドレス攻防となります。
このおだての拍手についつい調子に乗ってしまうのが若手の演奏家達。

ピアニストのフレディ・ケンプなんぞは、
本プロにおけるベートーベンの「ハンマークラヴィル」のあとに、
こともあろうかムソルグスキーの「展覧会の絵」の後半を
エンジン全開でぶっ飛ばし、本プロの厳粛で深淵なる世界を
むちゃくちゃにしてしまった記憶がございました。
「アホ〜…」と思わず呟いてしまいました。
素晴らしい演奏ならまだしも、極めて平凡な演奏への拍手となると、
演奏家が舞台の袖から出たり入ったりを繰り返すだけの、
儀礼化、様式化されたダラダラ拍手となり、
こちらの手が痛いだけ。演奏家も痛々しい。
特にオペラのカーテンコールは退屈極まりなく、
一旦閉じた緞帳から、もっと拍手ちょうだいとばかりに、
いそいそ出てくるプリマなんぞ見てしまうと、
オヒネリ欲しさの役者根性丸出しで興醒めしてしまいます。
ですから、オペラの緞帳が下りると、私クシはとっとと家路につきます。
歌手達の「素」の姿なんぞは見とうもございません。
まぁ、このようにカーテンコールやその後に続くアンコールの回数は、
客と演奏家の「卑しさ」を計る尺度のようなもので、
その演奏自体の良し悪しとは全く関係ございません。
つまり、卑しい演奏家と卑しい観客が揃うと
アンコールは延々と続くのでございます。
その点、日本の伝統芸能は素晴らしい。
お能や狂言なんぞは緞帳すらなく、
シテ(主役)が引っ込んだ時点でハイおしまい。
歌舞伎も、役者がどんなに力演しても、一旦定式幕が下りると、
どんなにオネダリしても役者の顔を二度と拝む事はできません。
その方が、演目自体も役者そのものもかえって印象深く、
しかも長く記憶に残せ、お互い潔い別れとなるのです。
なんと芸術の本質をついた
エレガントな文化でございましょうか。
日本文化嫌いのサルコジ様にも是非とも理解していただきとうございます。
と、日本の伝統文化はさすがじゃわいと、自讃していた矢先、
とんでもないものを目撃してしまいました。
それは、市川団十郎率いる歌舞伎パリオペラ座公演の
テレビ中継。
歌舞伎はヨーロッパから見れば東の果ての極めて閉鎖的な芸術ですから、
オペラハウスで公演するには当然様々な無理が生じてしまいます。
例えば、歌舞伎の花道。
平面的な舞台に三次元的空間を作り出す
世界でもまれに見る特異な舞台機構です。
これがカットされた事については、
まあ、仕方がないとして目をつぶりましょう。
白塗り裃、かつらをつけた出で立ちで、フランス語で口上をした
みっともなさ、滑稽さ、これもご愛嬌ということで目をつぶりましょう。
しかし、絶対許せないのが、
日本が誇るノンカーテンコールの掟を破った事でございます!
一旦下りた定式幕が盛大な拍手で再び開いた時には、
私くしの口までポカンと開いてしまいました。
そして、白塗り隈取りの俳優達が、パリッ子のおだての拍手に
ついノッて、不気味な「素」の媚びた笑顔を見た時には、
まことに情けない思いをいたしました。
おかげで、演目の「勧進帳」や「紅葉狩」よりも
盛大なる拍手に応えてしまった媚びた役者の顔の方が印象強く残ってしまい、
卑しく貧しい舞台となったのは、まことに残念。
何ということをしでかしたのですか、団十郎サマ!海老サマ!
品格のある俳優のなさることではございません。
潔い幕切れと拍手は日本の誇りなのです。
日本の伝統芸能が、ヨーロッパ文化に迎合するなんて、とても恥ずかしい!
そのうち、白星関取も拍手で呼びだされ、
土俵の上でガッツポーズを取るのでは、
とヒヤヒヤしております。
もう一度申します。
カーテンコールは演者と客の「卑しさ」を計る尺度と
いうことをお忘れなく。
そんなものは、西洋芸術にまかせておけばよいのです。
東の果ての閉鎖的芸術は閉鎖的な幕切れの方が品がよろしゅうございます。
投稿者 tadashi : 09:54 | コメント (0) | トラックバック
2007年06月19日
梅雨肌。

今年もやってきました、梅雨入りでございます。
この時期のブログになると、いつも書いている事ですが、
梅雨入り時期になるとお肌の調子が、およろしいのでございます。
湿度が飽和状態になると、お肌の潤いも飽和状態に…と言うか、ベタ〜。
湿度100%の熱帯ジャングルの植物が、すくすく育つのもごもっとも。
湿度は動植物が勢いよく生きる必須条件です。
なので、角質落としやピーリング等の「攻め」の洗顔に
向いている時期でもあります。
少々角質を剥ぎ落としても、再生しやすく、潤い回復も早い時期です。
梅雨の湿度の力をかりて、
角質再生のスベスベお肌を取り戻しましょう!
梅雨肌は一年中で最も美しい肌期なのです。
と、考えれば、このうっとうしいベタベタ梅雨も、
幸せいっぱいではござんせんかっ!
投稿者 tadashi : 16:08 | コメント (0) | トラックバック
2007年06月08日
芍薬生活2。

前月よりの芍薬生活は、まだ続いております。
一本活けても、百花撩乱の如く咲き誇る芍薬ですが、
お値段に比例してお品の良さも異なることに気付き始めました。
廉価芍薬は大ぶりであっても、ちり紙を結んで広げたようなチープさ。
高価芍薬は小ぶりであっても、カシミヤティッシュを広げたような、
シックで憂いのあるゴージャスさであります。
やっぱり、どんなものでもピンキリが明確にございます。
キリは情感もなく散り際も醜悪。
ピンはさすがに散り際にも熟成感、円熟感があり、
哀れさもひと際。
人間も同じ。
ピンで散りたいものでございます。


