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2006年05月17日
ノーブレスオブリジェ

先日、オーストリアはザルツブルグのイースター音楽祭に行ってまいりました。
この音楽祭は今回が二度目。
昨年、あまりのコンサートのレヴェルの高さに味をしめて、
今年もあの異次元世界を求めて行ってきたのです。
やはりスゴイ!のです。
何がスゴイって、ラトルを初めとする世界超一流アーティスト達を
ずらりと揃え、四日間ぶっ続ける内容の濃さもありますが、
それにもまして、聴衆側、つまりお客のレヴェルが
これまた物スゴイのでございます。
今回はそのお客達の話です。
その前に、このイースター音楽祭なるものをちょっとご説明申し上げます。
元々は、あの帝王カラヤン様がご自分率いるベルリンフィルは世界一だよーっと
生まれ故郷ザルツブルグで見せびらかせたかったのが事の始まり。
夏のかの有名なザルツブルグ音楽祭のウィーンフィルに負けじと対抗して
イースターの時期に国際的な音楽祭を催したのです。
まぁ、言わば独裁者カラヤンの故郷に錦のリサイタルみたいなもんです。
で、彼の死後、その遺志をついで、
現在はサー・サイモン・ラトル氏が音楽総監督に着任し、
この音楽祭を仕切っておられます。
そこで、問題はそのチケット入手法でございます。
夏のザルツブルグ音楽祭は先着優先、顧客平等、極めて公明盛大であります。
ところが、このイースター音楽祭なるものは、
100%すべてが会員制。
ここが他の音楽祭やコンサートと決定的に異なっている点です。
この音楽祭、別名カラヤン同窓会とも言われており、
ホールの中央には今もなお、カラヤン未亡人がカラヤン信者の会員を従え
女王蜂の如く鎮座まします光景が見られます。
信者といえどその会員になるのは至難の技で、
現在の正会員達があの世に旅立たれ空きが出るのを
ひたすら我慢強く待たなければなりません。
たとえ、あの世に旅立たれても、会員の権利を子や孫に譲られる事は
十分考えられますので、まあはっきり言って私が生きている間は
正会員になるなんて大それた考えは止めた方がよさそうでございます。
では、なぜ正会員でも、カラヤン信者でもない、
東洋の果てからやってきたお前如きがチケットを入手できるかって?
そこは、それ、ヤミルートというか、
お金のチカラというか、
日本の代理店を通じて…です。
話は戻って、その会員達ですが、当然オーストリアだけに留まらず、
フランス、イギリス、イタリア、ドイツ、アメリカの世界各国から
この日の為に押し寄せる、超ド級のお金持ち。
しかもただのお金持ちではありません。
お金も暇ももちろんですが、
知識も見識も鑑識も常識も博識も
あり余る程「識」をお持ちな、
世界トップハイクラスな人達でございます。
その面立ちは、昨日や今日のITであぶく銭を濡れ手で粟で掴んだような
卑しき成り金顔などではなく、
由緒正しき家柄のDNAが、はっきりと顔に刻み込まれ、
ノーブルな香りがプンプンと漂う、
ルネサンスの肖像画に出てきそうな
スーパーエレガントフェィスであります。
コンサート会場でのご婦人方のしっかり大きく開けたデコルテには、
巨大な宝石がまばゆく居すわり、
ダイヤモンドは手の親指大、
サファイア、エメラルドは足の親指大で、
ゴロゴロ、ギラギラと音をたてて輝いています。
その宝石のセッティングも、現代的なセッティングではなく前世紀初頭の
エドワーディアンスタイルや、アール・デコであることからしても、
代々続く、元貴族クラスであろうと拝察できます。
そういった日本では絶対見る事のできない人達ですから、
立ち居振る舞いも実にお見事。
休憩時間となっても我れ先にとバーやブッフェやトイレに向かって
全力疾走する人なんて誰もいません。(歌舞伎座とエライ違います)
ロビーは何となく人が集まり、ざわめきがあっても、
実にゆったりと、大らかな空間となり、
そこには目には見えない高貴な秩序が生まれているのです。
それはまさにヴィスコンティの映画のワンシーンです。
そして演奏中もすごい。
初日は、ドビュッシーの「ペリアスとメリザンド」。
芸術性は高いのですが、少々のオペラ好きでも敬遠してしまう
難易度の高いオペラです。
何せ、フランス語の抑揚のないお経を
延々四時間以上も続けているようなもんですから、
オペラに興味のない人なら、30秒で熟睡間違いなしです。
にもかかわらず、この会員達は身じろぎ一つせず、誰ひとり船を漕ぐこともなく、
異常とも言える高い集中力でもってこのオペラを鑑賞しているのです。
ちなみに、時差ボケだった私くしは、最後の一時間は、
完全に意識がぶっ飛んで昏睡状態でございました。
コンサート会場だけではございません。
ホテルでも彼らはスーパーエレガント。
夜の一分の隙もないフォーマルな出で立ちは当然ですが、
感動的なのは朝食の風景。
ノーメイクで、朝だから適当な服で…なんて絶対なさいません。
殿方は朝食といえど、きちんとジャケットオン。
御婦人もニット姿ではなく、ツイードやライディングジャケットをお召しです。
ヘア−スタイルも、朝から手をかけてブローしたり、
一巻きニ巻きして自分達の髪質髪色を最大限生かした
ヘアースタイルでお出ましなさいます。
こういう時、日本人の茶髪、黒髪のシャギー切りっぱなし、
パーマかけっぱなしのヘア−スタイルはほんとうに薄汚く見えるのです。
ここで断じて申し上げますが、
日本人のカジュアルやラフの履き違えは
単なる怠慢、不潔、汚れで
アチラのホームレスの人達の方が余程エレガント
に見える事を肝に命じていただきとうございます。
顔も体系も西洋人に劣る我々は同等のカジュアルは貧相になるだけです。
そして、私くしが泊まったホテルの朝食は
ブリティッシュブッフェスタイルだったのですが、
食べ物の周囲に人が集まっているのを見た事がありませんでした。
そこだけは、いつもガラガラ。
つまり、人が食べ物を取っている間は、
彼らはいつも遠慮してテーブルで待機し、タムロを避けているのです。
ですから満席の朝食にもかかわらず、朝刊のめくる音だけが時折する
ゆったりとした静謐なダイニングとなるのです。
ああ、なんと美しい朝食風景だったことでしょう。
「ノーブレス・オブリジェ」という重要な言葉が西洋にあります。
高貴な人間は、それなりの責任と義務を負わなければならないという意味です。
では、戦争が起これば、まっ先に武器を持ち、戦場に向かわなければならない。
天変地異が起れば、まっ先に被災地に向かい、人々を救わなければならない、
という事です。
では戦争も災害もない、平穏な時には優雅に遊んでたらいいのかというと、
そうではありません。
勿論義務があります。
それは、エレガントである事。
先人達が創った、芸術、文化を継承し、それを育て上げ、後世に残し伝える事。
それは、何も音楽や絵画に限った事ではありません。
立ち居振舞、服装、言葉…つまりは「生きる行儀」を示さなければいけないのです。
たとえ濡れ手に粟でもお金を握ったなら、
それに比例して「生きる行儀」も持たなければいけません。
今回の旅行で私くしはそれを再認識いたしました。
お分かり? ホリエモン殿。
投稿者 tadashi : 2006年05月17日 12:59
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