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2005年12月19日
チョコレート、ボナイユート。

ボナイユートというチョコレートをご存じでしょうか?
先日、デパートのイタリア展の催しでたまたま見つけたのですが、
これがヒジョウに美味!
シチリア島産のチョコレートで、素朴でありながらもゴージャスで
クラシックで映画「山猫」のような味…と言えばお分かり頂けますでしょうか。
私くしの好きなおフランスや、おウィーンの洗練されたチョコレートとは
対極にあり、チョコレートの原点を考えさせる格調ある風味です。
お値段も格調高く、板チョコで1300円ナリ。一度ご賞味あれ。
ただし、催し以外はインターネットのみの販売だそうでございます。
只今、この濃厚味にハマッてしまい、鼻血が出ないかと心配しております。
アンティカ・ドルチェリア・ボナイユート バニラ 100g 税込1,344円
投稿者 tadashi : 10:05 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月12日
エラ子はエライ。

魚ヘンに思うと書いて「鰓」。エラと読みます。
魚は呼吸しながら、何を思っているのでしょうか。
今回はエラのお話でございます。
エラの張ったモデルを撮影していると、女性カメラマンや
女性ディレクターから、必ず注意がございます。
「髪の毛でエラを隠してくださ〜い」と。
あるいはライティングやアングルで何とかエラ隠し作戦に出ます。
撮影中は全スタッフの視線は、そのエラ一点に注がれ、
ちょっとでもエラの鋭角が目立とうものなら、
「あっエラが…」
と声が洩れます。
ところが、男性カメラマンやスタッフの場合、
「エラは目立ちますけど、まああまり気にしないで。」
と言われます。
この差は大きいのでございます。
つまりは、エラオンナは異性よりも同性にはるかに嫌われるのであります。
エラというと、意志が強そう、ついでに自立心もありそうで、
頑固、ひと筋縄ではいきそうにもなく、顔もデカそうに見えて、
オンナらしさに欠ける、何もエエとこなし、という印象を持たれます。
この辺りが同性に嫌われる理由なのです。
意志が強そうで、自立して頑固で顔がデカけりゃ
オトコにモテそうにもない−そんな不安が見ているオンナにも襲うのかも。
何せ、オンナは被写体を自分に置き換えるのがお得意ですから。
ああ、エラは見たくない っと。
ところで、私くしにはエラとらしきものが存在しません。
ズルっとしたアゴでございます。
自分に無いからかもしれませんが、私くしはエラオンナの顔に憧れてしまうのでございます。
何と言っても構築的なエラには、構築的なお洋服がとてもよくお似合い。
肩パッド入りのテーラースーツなんぞは、エラ共存なしでは美しく見えません。
猫も杓子もの衿立てスタイルも、エラがあってこそのお値打ち。 意志が強くて頑固そうで何が悪い?
オードリーだって、グレース・ケリ−だって、みんな立派なエラ子様でございます。
エラ子様と言えば、その昔々、宇佐美恵子というトップモデルがいました。
エラ張りモデルの中でも横綱級。
彼女がファッションショーでキャットウォークを悠々と歩く姿は、
ゆったりとエラ呼吸をしているマンタのようで、
息を飲む程に美しゅうございました。
奥歯も強くて咀嚼力もありそう。
草加前餅も何のその。
豪快なバリバリ音も聞こえそうで、
あのエラを見る度に豊かな気分にさせられたものでした。
エラはエライのでございます。
オトコはさほどエラを気にしておりません。
エラで思い悩んでいるエラ子の皆様、
どうかお隠しにならず、その豊かなエラを見せびらかしてくださいませ。
ニンベンに思うと書いて偲ふと読むだりです。
気にしない!気にしない!
ただし、でございますね、エラが美しく見えるのは、
長い首の上に乗っかっているからこそ・・・。
短いお首の方は、居直ることをお勧めいたします。
間違っても髪で隠すようなことをなさいませぬように。
隠せば隠すほど姑息に見えます。
居直りは美しく、エライのでございます。
投稿者 tadashi : 11:48 | コメント (1) | トラックバック
2005年12月05日
マウリツォ・ポリーニのピアノリサイタル。

先日、マウリツォ・ポリーニのピアノリサイタルに行ってまいりました。
クラシック好きの方なら当然ご存知の現代屈指のヴィオルトゥオーゾ。
当日は、オールショパンのプログラムでしたが、
その演奏は生涯忘れえぬものでありました。
安っぽい情感なんて、ない方がまし。
安っぽいロマンティシズムなんて、クソッくらえ、
と言わんばかりの、まことに知性溢れる技巧に裏付けされたショパンでした。
彼のこういう演奏を口さがない批評家は「怜悧すぎて人間味がない」と評します。
でも、人間味って何? 優しく見せかけること?
弱さを見せつけること?心を委ねること?
彼にはそんなものは必要ないのです。
人間味がないということは、超人でもあることなのです。
つまりは神の演奏なのです。
ロマンティシズム至上主義の私くしにとっては
様々なことを教えられた演奏会でございました。


