トップへ

voice soul&body house&money sparetime cafebeans info
sitemap FAQ

今月のいい男vol.2
スペシャルインタビュー劇団四季 下村尊則さん
[楽屋時間] 劇団四季の学級委員長!
[第一幕]  心が女になれば、女にもなれる。
[第二幕]  バラのお風呂のイメージ。
[第三幕]  何かのために一生懸命練習する人生!
[第四幕]  宝塚歌劇団と天蓋付きベット。
[第五幕]  美しくあろうとする心が、人を美しくする。
  [第三幕]
  何かのために一所懸命練習する人生!
 

―――これから新しくやってみたいことってありますか?
下村 今、『レプリーク』という雑誌でエッセイ書いてるんですよ。これが実は自分では意外だったんですね。
今まで表現することはあっても自分の身体を使ってのことだったから・・・。
ちょっとしたことでエッセイのお話があってイラストまで書いてみて、それがすごく喜んでいただけて、文章とか絵でもお客さんを喜ばすことができるんだって大きな発見があった。それが最近の新しい大きな出来事かな。

―――イラストも描かれるなんてすごいですね。何でも出来ちゃうんですね。
下村 そんなことないですよ。ただ、「読んだ人に楽しんでもらいたい」というのと「観客のために奉仕する」というのは同じなんです。どうしたら喜んでもらえるかなっていうのが、いつもある。喜ぶ顔が見たい。
舞台でも1回でも「あ〜あ、今回良くないね」なんて思われたくないし、できる限り良い意味で裏切り続けたい。
下村看板はそこだっていう感じでずっと来てるので、甘えたくない。できる限りのことはしたいですね。
いつも思ってるのが『情熱は力』ってことなんです。
やっぱり自分にできる最大のことはしたいですね。練習とかしてても、皆に「もう一回、もう一回、もう一回」って言い過ぎちゃって皆がヘトヘトになっちゃう練習ばっかしてて・・・。
今もだし、ずっと僕はそうして来たけれど、100回やって100回できないと、バトンもそうだけど、100回できて本番に1回成功するかっていうことだから、練習こそすべてだ、成功の階段だ、と思ってました。

―――そういう前向きなエネルギーはどこから来るんですか?
下村 やっぱり良いものを作りたいって気持ちからでしょうね。

―――そういう気持ちはブラスバンドをやっていた子供の頃からあるんですか?
下村 そうなんでしょうね。小学校2年の時からのブラスバンドもすごく盛んだったから、オーディションがあったんですね。そこから何かのために一生懸命練習するって人生なんです。(笑)
それがもう当たり前みたいで、何かのために走ってるっていう感じですね。
この間も(スケートの)伊藤みどりさんとご飯を食べてて、僕たちなんか1年間だけど、彼女の場合は4年をたった3分、5分のためにやるわけですから、そういう練習の話で盛り上がったけれど。(笑)
彼女はあまり練習しないらしくて、どちらかっていうと本番集中型なんですって。どれほど練習してるの?って聞いたら、「実はねもっといっぱい練習してたら、絶対もっと良い成績がとれたけど」って。練習より本番で力が出るタイプみたいですね。僕は練習以上のものは本番で出ないっていう信念があるので・・・(笑)

―――だけど印象的には本番にすごく強そうに見えますが・・・
下村 それを支えるのは練習なんだし、これだけやったから大丈夫ってことだけしかないんですよね。
いつも自信満々で アガらないねって言われるけど、そんなことないんですよ。
ただ練習量だけは誰にも負けないんじゃないかな。
皆よりいつまでも遅くまで残ってる。自分の練習してる姿、人に見せたくないんですよ。
鶴の機織りみたいな感じでね。(笑) 努力してる姿は見せたくないんですね。

―――下村さんってそういうタイプだったんですか。
下村 そういうタイプなんです。

―――印象的には個性的で、天才肌で、自信満々で・・・って感じですが。
下村 そういう風に見えるけれど、でも全然違う。

―――すごく繊細でいらっしゃるんですね。
下村 繊細ですよ。(笑)・・・・・それでね、ちょっとネクラなんですよ。(笑) 
すごいポジティブっぽいわりにはすごいネクラなんです。

―――氷山みたいに反対があるわけですね。それでバランスをとっていらっしゃる。
下村 そうそう。

―――たまには、ちょっと休憩したいなーってことはないですか?
下村 ありますね。

―――そういう時は休んじゃうですか?
下村 それが、そういう時は、本当にちょっと具合が悪くなっちゃうんですよね。そうじゃないと休めないですね。

―――四季を休団されていた時もそういう理由だったんですか?
下村 いや、それはね、僕19歳の時に、歌をまったくやったことなくて入っちゃったもんだから、ヤバイ!急がば回れだ!と思って、いったん休団したんです。それでいろいろ歌のレッスンしたりとか、もともとダンサーを志望してたんで『少年隊』の後ろで踊ったり、レコード大賞で踊ったり、そういう仕事してました。

―――『少年隊』が歌っている後ろでバックダンサーですか?ミュージカルじゃなくて?
下村 ミュージカルもやってましたけれど、明菜ちゃんの後ろで踊ってたりね。少年隊の第一回のミュージカル出てたんですよ。(笑) でもある日、誰も僕たちダンサーを観に来てる人がいないんだなって、すごく悲しくなって・・・。
いつか自分を観に来てもらえる人にならなくっちゃ、と思って四季に戻った。

―――それからずっと走ってこられたわけですよね。
下村 そうですね。

―――私だったらプレッシャーで負けてますね、きっと。
下村 そんなことないと思いますよ。
ただ、四季の良いところは、努力したら役がつくし、役が実績になる。

―――でもすごい人数いらっしゃるから、劇団四季でトップに上がるのは、すごいことですよね。
下村 怖いもの知らずだったから、先生の部屋に押しかけて行って「歌聴いてください」とか、テープを送ったりとか、今の子が絶対にしないようなことをしてた。とにかくアピールしてた。
それはもう、今考えると恐ろしいなって思うんだけど(笑)、その頃はそういうエネルギーがあった。
なんとか上がろうって気持ちがあったんでしょうね。

 

[第四幕]
  宝塚歌劇団と天蓋付きベッド。
 

―――宝塚歌劇団を先日退団された稔幸さんとお知り合いなんですよね。 うちのサイトでも宝塚系の連載があったりして聞くんですが、下村さんのファンは宝塚ファンにも多いみたいなんです。宝塚と四季ってファン層とか、いろいろ共通する部分があるんですか?
下村 似てるかもしれない。(雑誌『レプリーク』に連載中の)僕のエッセイは、四季ファンより宝塚ファンの支持が圧倒的に多いですって編集長の方に聞いたんだけど・・・。僕もキャラ的に、なんていうか「野郎」って感じじゃないし、ちょっと不思議な感じがあるから宝塚ファンの人たちも入りやすいんじゃないかなー。(大爆笑) それに奇麗なもの着る役も多いし。この前(宝塚の)エリザベート観に行ってたら、(宝塚ファンの人たちに)「出るんですかー?」って言われて・・・・出れるわけないじゃないですか、宝塚。(またまた大爆笑) まあ、そんな感覚にみんな落ちいっちゃうみたいで。ひっくり返りそうになりましたね。ロビー中で「出るんですかー?」って言われたってねー。(爆笑つづく) 僕も昔、宝塚観てたんですけど、初めて観た時、「桃から人が生まれてきて、もう天女も踊る」ってイメージでうわああって思って、一時、峰さを理さんとか大浦みずきさんっていう時代をちょっと観てたんですよ。それで辞められた時に、すごいガタンッてなったような気がして、随分遠のいてたんですね。 それで稔幸さんくらいからまた観だしてっていう感じで。
―――全然話題はかわりますが、お洒落な方ってイメージがあったので、きっとお部屋もすごいんじゃないかと思ってたんですが、先程のお話だとシンプル好きで普段は違うってことでしたよね。

下村 あっ、でも寝室には、天蓋付きのベットとかあるんですよ。あはははは〜。(大爆笑)

―――(爆笑しながら力強く)あるんじゃないですか!それイメージ通りじゃないですか。
下村 お友達にハナエ・モリのオートクチュールの人がいて。ガウンとかも役ごとに本当すごく素晴らしいもので作ってくれて・・・。部屋はもう黒のイメージで、『夜の女王』という役やったことがあるんで、『夜の女王』のイメージにしたいって言ったから、ドレープの天蓋作ってくれて、紫の別珍のカーテンが良いって言ったら、ないんですよ。それでハナエ・モリのドレス生地使って紫の別珍のカーテンを作ってくれました。まあ、そんな部屋で寝てたりするんですけどね、あはははは〜。

―――何かコレクションされてるものはありますか?
下村 集めているものは、浮世絵、錦絵。本物のやつ。高いけど・・・。僕もともと日本舞踊習おうと思ったのが、沢村田之助っていう幕末の名女形の影響で、その人がものすごい天才だったんですけれど、壊疽っていう身体が腐る病気で手足を切っていっちゃうんですよ。最後には両手足がなくて、それでも舞台をつとめて発狂したって実話があって。
その役をどうしてもやりたいって思って、日本舞踊やろうと思ったんです。それで沢村田之助の錦絵を集めている。

―――なんだか下村さんって、洋風な人に見えるんですけれど、和風なんですね。
下村 うん、僕ね、『ユタと不思議な仲間たち』という座敷わらしのミュージカル、先日ここでやってましたけど、それをやるまでは、バトントワリングから洋もの世界で生きてきたわけですよ、ずーっと。
その舞台で初めて自分が足袋をはいたり、襦袢を着たりした時に、あっ自分の中にこんなものがあるんだって感じた。
その頃に沢村田之助の本を読んで、どっぷり和ものにハマっちゃった。今では劇団四季で和ものっていうと僕になっちゃう。歌舞伎もしょっちゅう行ってるし。

―――宝塚や歌舞伎へ行かれたりするのは、勉強に行かれるんですか。
下村 そうですね、宝塚は勉強っていうよりも楽しみであり、華やかなエッセンスもある。
でも歌舞伎は本当に勉強って感じ。だって舞踊やってますから。

 

[第五幕]
  美しくあろうとする心が、その人を美しくする。
 

―――これから四季で演じてみたい役は何ですか?
下村 そうですね『M・バタフライ』っていうジョン・ローンがやった役があるんですね。実話なんですけれど、フランスの外交官が中国の京劇の女優と結婚したんですね。その京劇の女優は実はスパイで、実は男だったってのがあるんですよ。全裸シーンとかいろいろあるんですけれど、それをずっとやりたいなって思ってる。
前半ほとんど女で、後半ほとんど男だから、(歌舞伎十八番の) 鏡獅子みたいな感じかな。

―――女性から見ても下村さんは見習いたい美しい点がたくさんあるんですけれど、そういう内から込み上げてくる美しいものってどこから来るんでしょうか。
下村 そう言われても困っちゃうけれど。(笑)この前やった『ユタと不思議な仲間たち』のヒノデロっていう役は、本当に女の人の「美」というものを逆に学びましたね。でも、それは客観的に男が見た美しさだから・・・・そうですね、日々美しくあろうとする心じゃないかな。たとえば痩せられないっていうのも具体的な目標とビジョンがないから痩せられないし、奇麗になれないんだと思うし。

―――下村さんにはそういうビジョンがあるんですね。
下村 うーん、はははは、汚いオジサンにはなりたくないな、という気持ちはありますよね。美しくなろうとする心であり、意欲が、その人を美しくするんじゃないのかな。だから奇麗に生まれるってことよりも、奇麗になろうとすることの方が大事だし、奇麗な女の人はすごい好きですけれども、一生懸命奇麗になろうとしてお洒落してる子の方がいいじゃないですか、やっぱり。特に男性の30、40歳過ぎた俳優さんて、昔ハンサムだった人ほど、その落ちぶれ方がひどい。というのは、自分が奇麗に生まれてきたのは、自分の努力じゃないってことじゃないですか。それに若いうちは何もしなくても奇麗だけど、年をとったらケアしたりいろいろしなくちゃキープできない。あとは、何かしたいことがある人、たとえば小さなことですけど、あの人に会うわって何かを買う時ってすごいホルモン出てると思うんだよね。待ち合わせ場所に急ぐ時とか。そういうことを自分で休まないようにする心が活性化させて、鏡を見るとすごい奇麗なものがきっと生み出されているんじゃないかな。まあ、それは何でもいいですね。恋人だったり、お稽古事だったり、何でもいいから一生懸命な時に生まれるんじゃないかな。

―――たぶん、こうして下村さんとお話してると奇麗になります。
下村 あはははは(爆笑)、そんなことないよ。

―――勉強になりました。どうもありがとうございました。でも、すごく前向きな方ですね。
下村 そうですかね。そんなことないですよ。今もここで演技してるから、あははは(大爆笑)

 

下村尊則(しもむら たかのり)プロフィール

1月19日生まれ。青森県出身。
劇団四季随一の個性派俳優。1984年、『コーラスライン』オーディションに合格。
それまでは、全日本ダンス・バトンでグランプリ、世界バトン選手権3位入賞、84年の全米オープン優勝という輝かしい実績をもつバトントワリング界のホープだった。
『ロミオとジュリエット』では舞台上でその妙技を披露している。
 初舞台は『コーラスライン』。以後、『ブレイキング・ザ・コード』ではイギリス人ゲイボーイのロン・ミラー、『ユタと不思議な仲間たち』では女形風座敷わらしのヒノデロ、そして90年の『コーラスライン』からはドラッグショウで踊っていたという赤裸々な過去を告白するポールと何故か中性的な魅力をもつ役柄が多い。役作りに対する熱心さは演出家も認めるところで、『ジーザス・クライスト=スーパースター』では助六風のヘロデ王を豪快に演じ、ロンドンでも東京でも大喝采を浴びた。
94年に再演した『ドリーミング』では劇団でも初めての女形として“夜の女王”を妖艶に演じ、作品に厚みを加えている。95年からはディズニーとの提携ミュージカル『美女と野獣』で蝋燭にされた召使い・ルミエールを演じ、東京、大阪、福岡、名古屋、札幌の各地で好評を博した。ディズニーとの提携第2弾『ライオンキング』では、兄であり王であるムファサを死に追いやり、その息子シンバと対決するスカーを演じ、絶賛を浴びている。
また最近では日下武史とコンビを組み、ストレートプレイ『スルース』にも出演。
『ハムレット』では初のタイトルロールにも挑戦し、好評を博す。


現在の公演は「ジーザス・クライスト=スーパースター」2001年12月16日まで新名古屋ミュージカル劇場。
次回作は「アンドロマック」2002年2月16〜3月6日まで東京四季劇場[秋]
「ユタと不思議な仲間たち」2002年1月3日 NHKBS第2放送 午後0:10〜2:20放送予定 (変更される場合がございますので、番組表でお確かめください。)

下村尊則さんへの応援メッセージ、このページのご意見ご感想は こちらへ

 

取材後記  
舞台と言えば歌舞伎を中心に、能、狂言、浄瑠璃と古典はいろいろ見てきたけれど、何故かミュージカルにはご縁がなかった。だから下村尊則さんの舞台も、劇団四季の舞台も、今回、名古屋で観た『ジーザス・クライスト=スーパースター』が、かなり遅い初体験。ご縁があってビーナスのインタビューに快く登場いただき、そのお陰で本当に最高に素晴らしいミュージカルデビューを飾らせていただいたことに感謝している。我が輝かしいミュージカルライフのスタートである。ミュージカルにはまったと同時に、下村尊則さんという役者にはまってしまった。下村さんは何とも興味深い方だ。動いている下村さんなら毎日でも観たい。CS放送で『シモサマチャンネル』なんてものがあったら、毎日観てしまうはず。本当にそんなチャンネルができないものかと本気で思う。そのくらい目が離せない魅力のある方だ。豪快なヘロデ王にまたお会いしたい。

◎取材と文/吉川貴子  ◎写真/S.ユキ

 
 

劇団四季 下村尊則さんサイン入り
『ジーザス・クライスト=スーパースター』のプログラムを5名様にプレゼント

スペシャルインタビュー『今月のいい男』で素敵なお話を聞かせていただいた
下村尊則さんに、名古屋で公演中の『ジーザス・クライスト=スーパースター』のプログラムに直筆サインをもらっちゃいました。ヘロデの役名入りです。
抽選で5名様にプレゼントいたします。
(応募期間:12/10〜1/9)

※プレゼントの応募には、メンバー登録が必要です。

(応募期間は終了いたしました)